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アリス・ドレガー「非定型的な体の性を持つ子どもたちのケアはどのように変化したか?」

アリス・ドレガー

非定型的な体の性を持つ子どもたちのケアはどのように変化したか?

アリス・ドレガーさん

 非定型的な体の性を持つ人々への(誤った)医学的治療について、1998年私がHastings Center Reportで書いた小論、『「あいまいな性器」かアンビヴァレントな医療か?インターセクシュアリティ治療の倫理的問題』を再版しないかと、毎年、生命倫理のテキストブックの編集者がそれぞれにリクエストしてきているようです。この小論は、あの領域ではじめて、倫理的批判を表明したものであり、それは今でも十分説得力を持つものであり続けているわけですが、今年、また別の再版リクエストを受け出版されるのを機に、改訂をすることにしました。改訂の権利は私にありますので、ここで少しご紹介したいと思います。

 新しい論を加えるだけではないのには、3つ理由があります。

(1)今日、非定型的な体の性への医学的ケアシステムは流動的になっており、現在行われている様々な医療行為を正確に把握することは難しく、できたとしてもすぐさま時代遅れになってしまうということ。

(2)1998年に私が出した倫理的批判は、医療ケアの一部が変化してきていても、まだ十分参照する価値があるということ。

(3)1998年の小論に2011年の終章へという流れにすれば、エヴィデンスと倫理に共感してくれる(医療従事者を含む)支援者の努力によって、医療行為が更に良くなっていくという予感を読者に与えてくれるかもしれないということです。

 さまざまな性のあり方は、1998年以来大きく世間に知られるようになりました。このことは、インターセックスの医学的治療に関心を持っていた人たちにも重要な機会となりました。なぜなら、一般に知識が広まることで、医療従事者の考え方も変化してきたからです。ゲイ、レズビアンバイセクシュアル、トランスジェンダーの権利運動も、世間の人々や医療従事者の非定型的な体の性に対する考え方を変えてきました。1990年代初頭では、医療従事者の多くがインターセックスはタブーだと信じ、そのために恥辱と隠蔽の立場から行動していたのです。

 今日、患者や両親が、インターセックスについての知識や、セクシュアルマイノリティの権利運動に影響された知識をバックグラウンドに持ってきていることが多いということに、医療従事者も気づいてきています。その結果、今日インターセックスは、ほとんどの場合、恥辱や秘密、ホモフォビアやトランスフォビアなしで扱われるようになっているようです。

 1998年以降広く一般に知られるようになったのは、Max BeckやHoward Devore、そしてボー・ローラン (シェリル・チェイスとしても知られています)など、インターセックス権利運動のリーダーを扱ったテレビ番組も含め、インターセックスのちゃんとした話がメディアの注目を集めたことも大きいでしょう。2000年には、John Colapintoのすばらしい著書、『As Nature Made Him(ブレンダと呼ばれた少年)』で、私が1998年の小論の最初に、マネーがつけていた偽名(“John/Joan”)で紹介した男性、David Reimerのすべての物語が語られました。2004年、悲しいことにReimerは自殺し、その結末は、Reimerが恥辱や時代遅れの性規範、そして嘘に基づいた問題だらけの医療システムによって損なわれたからだという印象を一般に与えました。

 2002年には、Jeffrey Eugenidesの小説『Middlesex(ミドルセックス)』が、インターセックスの5α還元酵素欠損症を持つ人のライフストーリーを―その中には、John Moneyのような医者との出会いも入っていました―物語ります。『Middlesex』は300万部以上売れ、Oprah’s Book Club(訳者注:アメリカで有名なブックレビューの番組)にも登場し、そして奇妙なことに、フィクションのお話にも関わらず、なぜか多くの医者がインターセックスの治療について考え直すことにつながっていったようです。

 2009年、ベルリンの国際競技で、性別疑惑を持たれた南アフリカのまだ歳若い選手、キャスター・セメンヤが(本人には不本意にも)国際的な注目をあびました。スポーツ界での性別検査への反応で初めて、本当に大きな―そして完全にオープンな―国際的議論が巻き起こり、多くのコメンテイターが、セメンヤがスポーツオフィシャルや医者から受けた扱いに抗議しました。彼女のケースは、国際オリンピック機構や国際陸上競技協会(それより小さなスポーツ組織も)がそれぞれのポリシーを改訂する動きとなりました。一般のコメンテイターたちの共通テーマは、体の性が非定型的な選手も「人」として完全に尊重して扱う権利に集約されていきました。これは大きな前進を象徴しています。

 医療従事者が、両親や患者に、それぞれに関わるインターセックスの状態について全ての詳細を伝えることが今日更に多くなっているようです。今では私がサポートグループを訪問すると、自分の診断や完全な医療記録を知っているティーンエイジャーに会ったり、自分のまだ幼い子どもに、その子の診断や医療記録をオープンに話している両親に会ったりします。

 これはもっともラディカルで歓迎すべき進歩です。医療従事者の中には、患者や家族に、それぞれの疾患のサポートグループを積極的に勧める人もいますが、多くはそこまで行っていません。彼らが私によく言うのは、間違った情報や「間違った態度」を患者がサポートグループで拾ってくるのではないかと心配しているということです。Androgen Insensitivity Syndrome Support Group(AISのサポートグループ)やHypospadias and Epispadias Association(尿道下裂・尿道上裂のサポートグループ)といった良質なサポートグループもたくさんあるんですけどね。

 1998年以降、医療行為で恐らくもっともはっきりした変化は、「インターセックス(中間性)」という用語や「hermaphrodite(半陰陽:両性具有・男でも女でもない性)」を基にした用語(「male pseudohermaphrodite(男性仮性半陰陽)」など)から、「disorders of sex development (DSD)(性分化疾患)」への専門用語の変更です。私はこの変更を進めたひとりです。なぜなら、

・多くの医療従事者は、尿道下裂やCAH由来の,男の子か女の子かの性別判定に然るべき検査が必要な外性器の状態を「インターセックス」というものと認識することを拒否していたため、「インターセックス」という用語を使っている間は、共通の問題と切実に必要とされる共通の解決に取り組んでもらうことはできなかったから。 

・多くの両親は「インターセックス」という用語に脅かされていて、外科手術をすることでなんとかそれを切り離そうとしていたから。 

・「インターセックス」という用語はクィアLGBT等の性的マイノリティ)権利運動によって政治化されてしまっていて、体の性が非定型的な子どものケアへの疑問を更に混乱させるような、クィア権利運動に回収されてしまったから。 

トランスジェンダー活動家の多くが(インターセックスではないのに)自分たちのことを「インターセックス」と名乗り始め、「インターセックス」の意味が変わってしまったからです。

 「disorders of sex development」という用語は、2006年シカゴでの、主要な北アメリカとヨーロッパの小児内分泌学会によるコンセンサス会議で正式に採用されました。DSDとは、「染色体、生殖腺あるいは解剖学的性別の発達が非典型的な先天的状態」を意味します。私と同僚たちはまた、2005年に編集した2つのハンドブックでも「DSD」という用語を使いました。ひとつはDSDの小児科ケアの医療ガイドライン、もうひとつは両親のためのハンドブックです。

 小児内分泌学グループの「シカゴコンセンサス」は、いくつかの医療行為に関して、とても大きな前進を果たしています。たとえば、コンセンサスの文書では、「DSDの専門知識を持ったメンタルヘルスケアスタッフが提供する心理社会的ケアが、肯定的な適応を促すマネージメントの中心となるべきである」と謳っています。またコンセンサスでは性器手術の危険性を認め、少なくとも陰核形成術に対しては、「ただ単なる美容的外見ではなく、機能的転帰が強調されねばならない」としています。

 更にコンセンサスでは、完全型のアンドロゲン不応症(CAIS)のケースでは以前考えられていたよりも精巣腫瘍はあまり見られないというデータを示し、腫瘍の徴候が見られないCAISの女性には(摘出してホルモン補充療法を行うのではなく)経過観察することも合理的な選択肢であろうと示唆しています。これは、医療従事者が、非定型的な(しかし健康上の問題のない)性組織について、怖がるのではなく、患者の中に置いておいて、じっくりと長い期間をかけてデータを集めるようになっているというあらわれです。*1

 専門家はまた、ペニスが小さい(マイクロペニス)の男の子の赤ん坊の性別を女の子に変えることはしないようになってきています。また、まだ幼い女の子の子どもに膣形成術を勧めることもやめるようになっています。早期の膣形成術は失敗することが多く、思春期に大幅な再手術を必要とすること、そして、膣拡張器―よちよち歩きの頃からの膣拡張をしなければならなくなった子どもや両親を傷つけるかもしれないような―を必要とするためです。*2

 まだ公開はされていませんが、ミシガン大学の小児心理学者David Sandbergの調査データでは、DSDケアについての医療従事者の考え方は、どのような治療を行うのかという以上に、意識の変化が行動の変化を上回っていることが多いと示唆しており、これは希望の持てるものでしょう。私が一番うれしいのは、DSDの医学論文が、ジェンダー性的指向は生得か環境かなんたらかという議論を中心としたどうでもいい話から、恥辱や秘密、そして医原性のトラウマをいかに軽減していくかという重要な話が中心となっていったことです。

 インフォームドコンセントと皆で決定を共有していくアプローチ(これは両親に本当の権利があります)*3は、それぞれのケースでは実際どのようなものになるのかという本質的な議論も多くなっています。2008年、Intersex Society of North America(ISNA)が解散してから、医療改革の推進をより活発に行なっていく2つの組織が、Accord Alliance (DSDへの進歩的なチームケアを実行していくことに焦点を当てた組織)と、Advocates for Informed Choice(非定型的な体の性を持った人とその両親の権利を守るための法的なツールを用いることを中心とした組織)です。

 体の性の違いを持った子どもへの「モンスターアプローチ」が過去の歴史となったと、いつか報告が出来ればと私は願っていますが、現在でも未だ、子どもたち(そしてその母親)には、権利という点で特殊な扱いをされるリスクが残っているのを目にします。たとえばですが、最近私や同僚たちは、女の子たちが性別判定に然るべき検査が必要な外性器を持って生まれないようにと、何百もの妊婦に、同意なしに、リスクの大きい、ちゃんと管理もされていない医学実験が何年にもわたって行われているようだということに光を当てています。*4

 また私たちは、最年少で6歳の、外科手術に納得・同意するにはまだ十分ではない時点で、外見的な理由で陰核減縮術を受けさせられた女の子に行われた「クリトリス感覚テスト」に関心を深めています。このテストには、外科医が意識のある女の子の性器を、綿棒や「医療用バイブレーター装置」で触り、触られて気持ちいいかどうかを尋ねるというものも含まれていました。

 他にもたくさんの女の子がそんな行為にさらされているとは想像しがたいことです。もっとも気味が悪いのは、この最近の話についてコメントする人の中には、性別判定に然るべき検査が必要な外性器を持った女の子は普通じゃないのだから、こんな異常な治療でも構わないんじゃないかと論じようとした人もいるということです。このような態度が示唆するのは、まだまだ道は長い、ということでしょう。

(翻訳:ヨヘイル)

*1:訳者注:それまでは性別に合わない性腺は切除することが適当とされ、理由の一つに未分化性腺の悪性腫瘍化リスクが挙げられていた。しかし一律に切除という方針のために、個別の疾患ごとの悪性腫瘍化リスクが調査されることがなかった。現在では調査が行われ、CAISはこのような結果が出ているが、PAISやスワイヤー症候群、混合性性腺形成不全などは悪性腫瘍化リスクが非常に高いことも一方で判明している。

*2:訳者注:1950年代からのマネーのガイドライン下では、性別同一性は性器の形なども含めた環境因によって操作可能とされ、マイクロペニスを持って生まれた男の子は、ペニスの長さを基準にして、手術が容易という理由から、ペニス切除の膣形成術が行われ女児として育てられていた。また、形成された膣が癒着しないよう、挿入器を入れておくことが必要とされた。更に大きくは、ペニスの大きさを基準としたこのようなガイドライン下では、マイクロペニスだけではない外性器の原因となるそれぞれ個別の疾患の特徴などはほとんど考慮されず、よって長期のアウトカムは調査されなかった。

*3:訳者注:外科手術をするかどうかは以前は外科医がすべて決めていた。

*4:訳者注:CAHの女の子への胎内治療のことを指す。日本では医学的エビデンスが揃っていないとのことで、行われていないとのことです。

 

 

 

 

 

キャスター・セメンヤの弁護士が世界陸連に回答を要求

www.telegraph.co.uk

キャスター・セメンヤの弁護士が世界陸連に回答を要求

 独占ニュース: セメンヤ選手は,現在では「予備調査」だったとされている研究に基づくDSD規制により,東京五輪への出場を禁じられていた

 By Ben Bloom, Athletics Correspondent 18 August 2021 - 7:19pm

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 キャスター・セメンヤの弁護士は,後になって「誤解を招くような」と認められた研究によって彼女の出場が禁止された世界陸連からの回答を求めている。

 キャスター・セメンヤ弁護団は,世界陸連のテストステロン規制の発端となった調査結果が「誤解を招く可能性があった」と運営組織の科学者たちが認めていたことで,議論を呼んでいる世界陸連のテストステロン規制が破棄されるという新たな希望を抱いている。

 セメンヤ選手は,体の性の様々な発達(DSD)を持つ選手がホルモン低下薬を服用しない限り,400mから1マイルまでの距離で国際的に競うことを禁止する規制に基づき,東京オリンピック800m2冠の防衛戦を行うことができなかった。

 しかし,世界陸連の科学者が,調査結果の一部が「エヴィデンスとしては低いレベル」であることを認めたため,彼女の法的代理人から規制を廃止するよう求められている。

 

 2017年に世界陸連の科学者2人が集めたエヴィデンスによると,テストステロン値が高い女性は低い女性に比べて,800m1.8%,400m2.7%のパフォーマンス向上が見られたという。

 しかし,最初のエヴィデンスを発表したBritish Journal of Sports Medicineは,今になってその2017年の論文の「訂正」を発表したため,この規制ルールはすぐに捨て去られるべきだという声が高まっている。また,セメンヤ選手の弁護士は,なぜオリンピック終了の数日後まで発表されなかったのかということを疑問視している。

 テストステロン値の高い女性のパフォーマンス向上との間の潜在的な関連性について調査した,世界陸連の健康・科学部門のディレクターであるステファン・バーモンとその前任者であるピエール=イヴ・ガルニエは,「明確に言えば,報告された観察された関係性には因果関係を示す確証的なエヴィデンスはない」と記していた。「我々は,2017年の研究が予備的なものであったことを認める」と。

 また「これに関連し,論文中の記述が因果関係の推論を暗示することで誤解を招く可能性があったことを認識している」ともした。

 具体的には「400m400mハードル,800mハンマー投げ棒高跳びにおいて,テストステロン値が高い女性アスリートは,テストステロン値が低いアスリートに比べて,明らかに競争上の優位性がある」(‘Female athletes with high fT [testosterone] levels have a significant competitive advantage over those with low fT in 400 m, 400 m hurdles, 800 m, hammer throw, and pole vault.’)としていたが,「この記述は次のように修正されるべきだ。『女性アスリートにおける高テストステロンレベルは,400m400mハードル,800mハンマー投げ棒高跳びにおいて,低テストステロンレベルの人よりも高い競技力と関連していた』と」(‘High fT levels in female athletes were associated with higher athletic performance over those with low fT in 400 m, 400 m hurdles, 800 m, hammer throw, and pole vault.’)。

 科学者たちは,今回の発見は「エヴィデンスとしては低いレベル」であり,「予備的なもの」であり,「それ以外の何ものでもない。つまり,確証でもなければ,因果関係のエヴィデンスでもないと見るべきだ」と結論として認めたのである。

 

セメンヤ選手は,スポーツ仲裁裁判所CAS)やスイスの最高裁判所で規制に対する異議申し立てを行ったが不調に終わり,先の東京オリンピックを欠場した。現在,欧州人権裁判所での審理を待っているが,世界陸連競技連盟はいかなる判決にも拘束されないと主張している。

 セメンヤの弁護士であるノートン・ローズ・フルブライトのグレゴリー・ノット氏は,Telegraph Sportに「これは非常に重要な新情報です」と語った。

 「私たちは欧州人権裁判所での訴訟の真っ最中で,この情報をどのように訴訟手続きに導入するか,ロンドンのQCや法務チーム全体と話し合う予定です」。

 「世界陸連は最近,欧州人権裁判所の訴訟に介入する意向を通知しており,彼らが今回規制を無効にすることを支持することを期待しています」。

 「世界陸連が先日の東京オリンピックの前にこのエヴィデンスを公表せず,そのためキャスターが800mのタイトルを守ることができなかったことは本当に驚きです」。

 

世界陸連は,今週の「訂正」に含まれる情報は新しいものではなく,CASは,この論文のエヴィデンスが「因果関係を提供することはできない」,「関連性を示す」だけであることを科学者たちも「譲歩していると告白した」ことを十分に考慮していたと信じている。

 世界陸連の広報担当者は「世界陸連競技連盟が実施した10年間の調査結果は,女子クラスの参加資格規制に影響を与えるものではない。今回の訂正による譲歩は,2019年のCASで行われ,CAS裁判員によって検討され,公開されたCASの裁定に記録され,我々の規制を支持している」と述べている。

「さらに,2017年以降,いくつかの査読付き出版物が,血清テストステロンレベルの上昇と,若い女性の身体測定/生理学的特徴および陸上競技のパフォーマンス向上との間の因果関係を支持している」とも。

 また,British Journal of Sports Medicineとの話し合いは何年も前から行われており,発表のタイミングは自分で選んだものではないと世界陸連は主張している。

 

ロジャー・ピールケ・ジュニアは,2019年にインターナショナル・スポーツ・ロー・ジャーナル誌に発表した3人の科学者のうちの1人で,当初の世界陸連のエヴィデンスには「欠陥」があると主張しており,今回の告白はルールを直ちに停止すべきであることを意味すると述べている。

 「科学者も人間であり,他の人と同じように間違いを犯す。だから研究において訂正はよくあることです。しかし,科学の最も重要な特徴の1つは,自己修正機能を備えていることであり,間違いは特定され,認められ,修正されなくてはなりません」。

 「しかし,本日発表された訂正は,単に取るに足らない論文の誤りを認めただけのものではなく,世界陸連が女性アスリートの参加資格規制の根拠となる唯一の実証分析の誤りを認めたものです。その影響は甚大です」と述べている。

 また,「本日提示された訂正は,世界陸連の誠実さを公に試すものです。世界陸連は一連の科学的主張に基づいて規制を行うことを選択しました。この組織は,その主張が間違っており,誤解を招く可能性があったことを認めています」。

 「陸連がアスリートに対して正しいことをするためには,事実が証明されれば,それまでの方針を変更することを意味するでしょう」。

 

オリンピックのトリプルチャンピオンであるアメリカのティアナ・バートレッタ選手は,次のように述べている。「普通は研究を改善するべきです。そしてその結果が反映されなくてはなりません。しかし,彼らはそれをしなかった。私はそれに怒りを感じています」。

 「私は科学が恣意的なものではあってはいけないと信じていますし,たとえ心が違うと感じても,科学が教えることは受け入れます。ですが彼らは最初から自分の求める結果を求めており,それは正しいことではないでしょう」。

 

今月初め,世界陸連競技連盟のセバスチャン・コー会長は,クリスティン・ムボマ選手がオリンピックの200mで銀メダルを獲得したことは,テストステロン値が自然と高くなる女性を取り締まることの正統性を示していると言った。

 今年4月,ナミビア出身の18歳のムボマ選手は,女子400mで世界第2位のタイムを記録したが,東京大会の2週間前に,DSDであることを理由に大会への出場が禁止されたことを知らされた。

 その後,200mに転向した彼女は,決勝でジェットヒールのような走りを見せて20歳以下の世界記録を更新し,東京オリンピックで銀メダルを獲得した。

 「(ムボマ選手の)最後の30メートル,40メートルがインパクトのあるものであることはよくわかるだろう」と,コー会長は言う。「しかし,実際には,それが400mの決定を正当化したと思う。200mをあのようにフィニッシュしたのであれば,それは判断の裏付けとなるだろう」。

 

2019年の規制を支持したCASは,規制が「差別的」であることを認めた上で,その適用に「深刻な懸念」を抱いていた。しかし「このような差別は,女子陸上競技のインテグリティを維持するためには必要かつ合理的で,比例した手段である」との裁定を出している。

  

世界陸連競技連盟のテストステロン規制とは?

 テストステロンの値が自然と高くなる女性選手(正式には「DSD:体の性の様々な発達」と呼ばれている)は,ホルモン低下薬を服用しない限り,400メートルから1マイルまでのトラック距離の国際大会に出場することができない。

 陸上競技統括団体は,この規制がすべての女性にとって「公正で有意義な競争を保証する」ものであり,テストステロンは男性と女性を区別するための最良の指標であると主張している。

 ほとんどの女性の血中テストステロン濃度は0.061.68nmol/Lであり,男性は7.729.4nmol/L。世界陸連では,女性の上限を5nmol/Lとしており,選手は競技前6ヶ月間これを遵守しなければならない。

 この規制を特定の競技にのみ適用した結果,ナミビアティーンエイジャーであるクリスティン・ムボマ選手は,オリンピックで得意の400mへの出場を禁止されたが,200mでは銀メダルを獲得することができたという一風変わったシナリオが生まれた。

 

2018年の実施にはどのような根拠があったのか。

2015年に世界陸連のテストステロン規制の第1弾が中止された後,統括団体はスポーツ仲裁裁判所CAS)から,主張を裏付けるエヴィデンスを探すよう言われた。その後,世界陸連は共同で,2011年と2013年の世界選手権に参加した女性から採取した2,127個のアンドロゲンサンプルの調査を行った。

 その結果,テストステロン値が高い女性は低い女性よりも,400m2.7%),400mハードル(2.8%),800m1.8%),ハンマー投げ4.5%),棒高跳び2.9%)のパフォーマンスが向上することが示唆された。世界陸連は,この規制を陸上競技全体に適用するには十分なエヴィデンスがないと判断し,トラック競技に限定しています。

 また,世界陸連は,エリート女性アスリートの1,000人に7.1人がテストステロン値が上昇していることを確認したとしており,その大半は400mから1.6kmの種目で,その人数の割合は一般女性の「約140倍」にあたるとしている。

 

なぜ今,そのエヴィデンスが疑問視されているのか?

 科学的なエヴィデンスは決して万人に受け入れられるものではなく,2019年にはCASでさえ,DSD選手が1,500mとマイル競技で有利になるという「具体的なエヴィデンス」に疑問を呈しています。

 ロジャー・ピールケ・ジュニア,ロス・タッカー,エリック・ボイエの3人の科学者は,2019年に,テストステロンの影響があるとされた競技のデータの1733%に「問題がある」と主張し,研究の信頼性はさらに落ちていた。

 元のデータを作成した世界陸連の科学者は,そのデータに問題があることを認めていた。British Journal of Sports Medicineに掲載された「訂正」を書いたステファン・バーモンとピエール=イヴ・ガルニエは,テストステロンの上昇と女性の運動能力の向上との間に「因果関係を示す確証はない」と述べていたのだ。

 この科学者たちは,自分たちの発見は「低いレベルのエヴィデンス」であり,「予備的なものであり,それ以外のものではない」と結論づけていた。また「論文中の記述は誤解を招く恐れがあった」と認めていたのだった。

 

なぜ今になってこの「訂正」が出てきたのか。それに対する反応はどうなのか。

 セメンヤ選手の弁護士は,この「訂正」が東京オリンピック前に出てこなかったことを「驚くべきことだ」と指摘しているが,世界陸連は「British Journal of Sports Medicine」との話し合いは何年も前から行っており,出版のタイミングは自分たちで選んだものではないと主張している。

 また,このルールを廃止すべきだと主張する人々もいる。ピールケ・ジュニアは,今回の「訂正」は「世界陸連が,女性アスリートに対する出場資格規制の根拠となる唯一の実証的分析担っている論文の誤りを認めたもの」だと述べている。また「陸連は,一連の科学的な主張に基づいて規制を行うことを選択していたが,その主張が間違っており,誤解を招く可能性があることを認めたのだ」と述べている。

 しかし,世界陸連は,この情報は新しいものではなく,エヴィデンスの強さに関する譲歩は2019年のCASの審理の前に行われており,そのため評決にも考慮されていると主張している。

 

キャスター・セメンヤはこの規制にどう対応してきたか?

 キャリアの大半において,セメンヤはDSDのある選手の不本意な代表となってきた。彼女のパフォーマンスは,2014年と2015年に世界陸連の以前のテストステロン規制の下で顕著に低下したが,その後規制が凍結された後は,国際的な主要800mレースで2年以上にわたって無敗を貫いた。

 2018年にテストステロン規制が新たに定められ,彼女の800mのキャリアは終わりを告げた。彼女はCASとスイスの最高裁判所に規制を訴えましたが不調に終わり,現在は欧州人権裁判所での審理を待っている。

 東京オリンピックでは,テストステロン規制の対象外である200m5,000mへの出場を目指していたが,失敗に終わった。

 昨年彼女は,この規制によって「私が私であることを止めさせません」と語っている。また「女性アスリートを排除したり,生まれ持った能力だけで健康を損なうことは,世界陸連を歴史の間違った側に置くことになります」とも述べている。

 

キャスター・セメンヤ インタヴュー 「彼らはスポーツを殺しています。人々は並外れたパフォーマンスを求めています。」

 

www.theguardian.com

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キャスター・セメンヤは怒るべきだが,彼女は怒っていない。東京オリンピックに向けて刻々と変化する時間の中で,この南アフリカ人は,ライバルたちと同様に,3年連続の金メダル獲得に向けてトレーニングを行っているべきだ。

 しかし,人生を通じて偏見や汚名と戦ってきたこの30歳の女性は,欧州人権裁判所ECHR)からのニュースを寂しく待っている状況だ。裁判の結果によっては,生まれつきの体の状態を持つ女性は不当に優位だと考える人がいる中で,そういう女性に薬を飲ませることなんて,おそらく最も非人道的な対処法だと世界陸連を承服させる可能性もある。

 セメンヤの罪」とされていることは,陸上競技で圧倒的な強さを誇っていることのほかに,体の性の発達の違い,つまり体内のテストステロン濃度が高くなる状態の選手であることだ。このため,陸上競技の統括団体は,彼女の急激な知名度向上を受けて,2018年に,同様の状態を持つ女性が400m1マイルのレースで国際的に競うことを,薬(経口避妊薬を毎日服用することも選択肢のひとつ)を服用しない限り禁止するという裁定を作った。そうなれば言うまでもなく,セメンヤはそのレーンに留まることはできなくなる。

 彼女は南アフリカからガーディアン紙に「私の体から魂を奪っている」と電話で語った。「彼らは,私自身のシステムを破壊しろというのです。私は病気ではありません。病気でもないし,薬も必要ない。そんなことは絶対にするつもりはありません」。

 現状では,たとえ彼女のケースが有利に決定されたとしても,セメンヤが今夏の800mに出場する可能性は極めて低いと思われる。ECHRは,世界陸上競技連盟のセバスチャン・コー会長に方針転換を勧告することしかできていない。強制的に手を動かすことはなかった。

 「メッセージはとてもシンプルです」とセメンヤは言う。「彼はひとりの男性として,自分の(元)妻の目を見てこう言うべきです。『僕たちには子どもがいる。もし誰かが私たちの子どもをこんなふうに扱っていたら,君はどんな反応をする?』と。彼は組織の会長としてではなく,ひとりの人間として考える必要があります」。

 セメンヤ選手は,DSDs(体の性の様々な発達)のアスリートとして分類されています。当時のIAAFは,2018年にそのようなアスリートが女子スポーツに出場することを禁止する制度を導入し,20195月のスポーツ仲裁裁判所CAS)とその後の控訴審でもその判決が支持された。これにより,セメンヤ選手はドーハでの世界選手権のタイトルを守ることができなくなり,痛恨の極みとなった。

 水泳選手の肺は他の人とは違う。ウサイン・ボルトは卓越した筋繊維を持っている。世界陸連は彼らを止めることができるのだろうか?

 5,000mへの出場はセメンヤの選択肢のひとつだが,時間は彼女の味方ではない。先週行われた南アフリカのナショナル・チャンピオンシップでは,1552秒を記録して優勝したが,オリンピック出場基準の1510秒には42秒足りなかった。

 「私は40歳まで走れるし,今のところはまだ十分に速いので,もっと上を目指すことができます」と彼女は言い,次の世界選手権である2023年の5,000mが現実的な目標だと主張した。

 しかし,200mは除外されているものの,彼女の代表的な競技である800mに関しては,最悪でも,彼女は観戦者の興味をひくことになるだろうか? 猜疑心に満ちた目ではあるが,答えはイエスだ。2018年に15425の自己ベストを記録したセメンヤは,「私はいつでも800mを見すえています」と言う。「私が走っていた競技をこういう女の子たちが走れるかどうかを見たいのです。でも彼女たちは155秒でまた補欠扱いになるのでしょうか? 勘弁してもらいたいです」。

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 禁止,議論,非難は,人をスポーツから遠ざけるのに十分だろう。しかし,セメンヤは冷静だ。「最高の選手になるために,奴隷のようにトレーニングしてきました」と彼女は言う。「ウサイン・ボルトのトレーニングを見てきました。彼のトレーニングは正気の沙汰ではなく,私も同じです。私のテストステロン値の高さは生まれつきのもので,ひとつの障害です。でも,それだけでは最高の選手にはなれません。そこにはトレーニングと知識が必要なのです」。

 「マイケル・フェルプスの腕の幅は,何をするにも十分でしょう。水泳選手の肺は他の人とは違います。レブロン・ジェームズのようなバスケットボール選手は背が高い。もし背の高い選手が全員出場禁止になったら,バスケットボールも同じようになるのでしょうか? ウサイン・ボルトは卓越した筋繊維を持っています。彼も止められてしまうのでしょうか? 私の器官が違っていても,声が低くても,私は女性なのです」。

 判決を発表した裁判所は,国際陸上競技連盟の方針が,セメンヤのようなDSDを持つ選手に対して「差別的」であることには同意した。しかし,3人の仲裁人のうち2人は,女性アスリートにテストステロンが多いと,思春期以降の体格,体力,パワーに大きなアドバンテージがあるというIAAFの主張を認め,したがってこの方針は女性スポーツの公正な競争を確保するためには「必要であり,合理的であり,妥当である」とした。

 セメンヤは,スポーツ界の権力者たちが頭を振るたびに,自分のレガシーが残り,より強くなると信じている。彼女は,明日のキャスター・セメンヤのために,声を上げられない人々のために戦っているのだと言う。

 彼女は,プレトリアポロクワネ,ソウェトの子どもたちを支援する仕事をしている。また,妻のヴァイオレット・ラセボヤと一緒に運営しているランニングクラブ「マサイ」にも情熱を注いでいる。2016年に結成された,教育に力を入れている「キャスター・セメンヤ財団」も,今後も彼女を活動的にしてくれるだろう。

 「とてもシンプルなことです」と彼女は言う。「自分を受け入れ,自分に感謝し,世界にアピールすること。人生には希望が必要で,前に向かって走っていかねばなりません」。

 引退の年齢が見えてきても,彼女は動じることはない。少なくともあと10年は長距離を走りたいと考えているが,例えば200mに挑戦しても頂点まで達することはないだろう。しかし,トラックでの彼女の存在感は変わることはない。

 「私は自分の目標を達成しました」と彼女は言う。「もちろん,私はオリンピックチャンピオンです。確かに私は世界チャンピオンであり,主要なタイトルを獲得しています。今,私たちは将来の女の子たちのためにこの状況を正そうとしています。彼らは800m女子を殺しているのですから」。

 「彼らはスポーツを殺しています。人々は並外れたパフォーマンスを求めています。私がリーダーであれば,人々が求めるものを提供します。セバスチャン・コーは自分のことしか考えていません。彼はすべてのアスリートの利益のために行動しなければなりませんが,今は私たちを排除しようとしています。彼は,陸連が走らせまいとしている若いアスリートを政治的に利用しているのです。ただ受け入れて応援すればいいだけなのに。彼の仕事は何よりも汚職と戦うことでしょう」。

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セメンヤは,美容ブランド「Lux」と共同で「Born This Way」と題した公開キャンペーンを開始し,女性たちに「自分の美しさと女性らしさを堂々と表現する」ことを呼びかけている。また,「#IStandWithCaster」というハッシュタグをつけた嘆願書を作成し,コー会長の考えを変えさせようとしている。

どんな結果になっても,彼女は偏見や不正との戦いを続けようとしているのだ。「私が出会った子どもたちの中には,自殺しようとした子もいれば,生き残った子もいます。彼女たちは自分を受け止められないのです。子どもを産んでもその子の道を選ぶことはできません。人生は演技ではないのです」。

彼女はコーに会ったことがないし会う予定もないが,彼女が望んでいる対話は,英国人の核心を突くことを目的としている。セメンヤは自分が世界陸上からターゲットにされていると感じてきた。2012年のロンドン大会,そして4年後のリオ大会で金メダルを獲得した瞬間の成功が,彼女に対する不当な非難や逆恨みの対象となったのだ。

彼女は,長年にわたって彼女がさらされてきた問題の理由について尋ねられると,「私が若いアフリカ系黒人であること。これが全てです。私は自分がどこから来たのかを知っています」と答えた。

世界陸連はセメンヤのコメントを受けて「生物学的規制が人種や性別のステレオタイプに基づいているという申し立てを拒否する」としている。

東京大会が開催されるとしても,南アフリカで最も有名なアスリートの一人は出場しないかもしれないが,変化の胎動はすでに始まっている。セメンヤは,自分と同じような体の状態を持つ多くの女性と出会ってきた。「彼女たちを見ればすぐにわかります。そして,彼女たちが自分とは違って,怒りを表明する舞台を持っていないことも」。

「この規制は特定のアスリートを狙ったものではなく,女子カテゴリーのインテグリティを保つためのものです」と,2019年ドーハで開催された世界選手権の800m決勝で,ウガンダのハリマ・ナカアイが他の3人のアフリカ人女性を破って金メダルを獲得した事実を指摘している。「私たちのスポーツのエリート女性アスリートの1,000人に約7.1人は,テストステロン値が男性並みに非常に高いDSDアスリートであることが,10年以上の研究でわかっています」と。

 しかし,セメンヤは人生を歩み続けている。最近,彼女は母親になった。娘の名前は今のところ秘密だが,その時が来たらこのスポーツの武勇伝をどう説明するか,すぐに考えてしまうそうだ。「難しいでしょうね」と彼女は言う。「娘は混乱するでしょうし,誰かのキャリアを潰そうとする人がいるなんて,と思うでしょうね」。

 多くの人が感じただろうことをセメンヤが感じていることは明らかだが,彼女は黙ってはいない。そう。なぜ黙らなくてはならないのだろう?

 

 

キャスター・セメンヤと,黒人女性の残酷な歴史

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キャスター・セメンヤをターゲットにした世界陸連の規制は,黒人の身体が白人の基準に縛られてきた長い歴史的遺産に根ざしている。

www.sbnation.com

 2009年の世界選手権でキャスター・セメンヤ18歳で優勝してから10年。スポーツ界はずっと彼女の物語を削るだけ削り取って,ただひとつの事柄だけに還元してきた。彼女のカラダだけに。

 尻が引き締まってる。肩がデカイ。あごのラインが隆起している。まるで男のようだと。

 彼女の身体を語るときの嫌悪感に満ちた口調を見ると,他の誰とも違う身体を持ったランナーはセメンヤだけだと思うかもしれない。アイラ・マーチソン選手は,180cmのがっしりとした体格で「人間スプートニク」と呼ばれ,オリンピックの4×100で金メダルを獲得したが,その特異性をスポーツ界は忘れてしまったようだ。それに世界記録保持者のウサイン・ボルトは,ライバルの誰よりも背が高く,足が長かった。

 このような男性とは異なり,セメンヤの身体は,彼女のスポーツを統括する団体からは,不要なもの,場違いなものとみなされてばかりだ。彼女のキャリアを通じて,World Athletics(旧国際陸上競技連盟)は,彼女に検査を強要し,ホルモン規制を課し,2019年に彼女をターゲットにしたと思われるルール変更を制定した後,最終的に彼女を競技から追放した。

 しかし,これはセメンヤだけではない。800メートル走でセメンヤのライバルだったブルンジのランナー,フランシーヌ・ニヨンサバ。彼女はそのほとんどが南半球出身の多くの女性アスリートのひとりだが,高アンドロゲンだと世界陸連の規制のターゲットにされていると明らかにした。ウガンダ出身のランナーであるアネット・ネゲサは,競技を続けるために世界陸連の医師に言われて侵襲的な手術を受けたことを公表した。その手術の合併症で,彼女は心身ともにダメージを受けた。

 このような残酷で差別的な扱いの背景には,誤った生物学的指標や時代遅れの性別観念への固執があることは間違いないが,それだけではない。1950年代,男性が女性を装って競技に参加している国があるという,根拠のない疑惑から始まった「性別確認検査」は,元は選手に下着を脱ぐことを求めるだけのものだった。(1932年のオリンピックで金メダルを獲得したステラ・ウォルシュのように,このような調査を受けた選手の中には,インターセックスに似た疾患が発見された者もいた)。

 セメンヤの扱いは,もっと不穏なものに根ざしている。16世紀にアフリカ大陸に渡ったヨーロッパの探検家たちは,出会った人々の解剖学的特徴を指摘するようになった。黒い肌,たくましい体格,大きな唇と鼻は猿に似ているからと,ヨーロッパ人は,アフリカ人は猿と定期的に交尾しているという考えを広めていった。時が経つにつれ,このような考えはジェンダー的な色合いを帯びていき,アフリカ人女性とヨーロッパ人女性を比較することで,人種的な違いや劣等性を恣意的に助長するだけでなく,アフリカ人女性を「女性」というカテゴリーから完全に排除することを正当化した。

 世界陸連は,何世紀にもわたって受け継がれてきた白人至上主義的な考え方に固執し続けている。それは,「女性らしさ」を白人でシスジェンダーの女性の身体で定義し,それ以外の人,特にアフリカ系の女性を社会的に受け入れられない存在とするものなのだ。

 世界陸連はその使命を,「卓越した競技選手」を育成し,「アスリートに新しくエキサイティングな展望を提供する」ためにスポーツを強化することとしている。しかし,世界陸連は歴史的に,黒人女性とその身体に対する卑劣な態度を助長してきているのだ。

 世界陸連が設立されるわずか15年前の1897年,英国の宣教師で医学博士の資格を持つアルバート・クック卿は,現在のウガンダで倫理的に問題のある女性の生体検査を行ったことを大々的に記し,次のように述べている。

ネグロイドの臀部の異常なまでの小ささに心を打たれない人はいないだろう。腰の高さで直立した状態で後ろから見ると,ネグロイドの女性の体は,平均的なヨーロッパ女性の「大きな臀部」に比べて小さくて丸い。それぞれの骨盤を並べてみると,それは明らかで,ムガンダ人の骨は,その大きさと構造の細かさにおいて,子どもの骨のように見える....ネグロイド人種の骨盤の形は,原始人と高等文明人の中間の形をしている....。 類人猿のように,その縁の形は長楕円形である」。

 今となっては証明されたこともないクックの研究が,女らしさや女性性をめぐる人種的な考えを発展させ,最終的には黒人女性の身体を非人間的にすることにどれほど重大な影響を与えたかは,いくら強調してもし過ぎることはない。クックは,アフリカ人女性の解剖学的研究が話題になった後,英国医師会の会長を2度務め,ジョージ5世からナイトの称号を授与されている。クックは,アフリカの「他者」と関わることで得られる「知識」を,植民地を広げた世界に示したわけだ。

 クック以前には,「ホッテントットのヴィーナス」という蔑称で知られるサラ・バートマン(Sarah Baartman)が,西洋社会の黒人女性の身体への固執を体現していた。バートマンは,現在の南アフリカ(セメンヤの母国)で捕らえられ,奴隷にされた後,1810年にヨーロッパに連れて来られ,サーカスや公衆の面前で展示(display)されたが,彼女が亡くなるまで,科学者たちが彼女の大きな大陰唇を測定し,解剖した。この研究は,黒人女性の「欠陥」だと,白人女性よりも「女らしさ」に欠けることを示す証拠として宣伝された。

 このような考え方の影響は,今日の医学界でも,(数は少なくともほとんどの場合)大した健康上の問題ではないにもかかわらず,大陰唇が大きなことを医学用語で言う「大陰唇肥大」の診断が広く行われている。大陰唇の長さや大きさを短くしたり小さくしたりする手術である「ラビア・プラスティ」の増加は,女性器の正当性は黒人女性の身体の生理機能との比較によって定義されるべきだという考えを再確認させるものだ。

 こういった考えは,人種差別が「あからさまに」行われていた大昔の時代のものであり,現代ではあまり意味がないと考える人もいるかもしれないが,ヨーロッパではスポーツなどの分野で人種差別を制度化するのには役立っているというわけだ。その結果,セメンヤ,ニヨンサバ,ネゲサのような黒人女性に勝ち目を与えないほどに,社会や世界陸連の女性像の基準となっている医学的知識は,人種差別に深く根ざしたものとなっているのだ。

 例えば,性ホルモン。テストステロンとエストロゲンのレベルには人種差がある,特に黒人と白人の間で…という考え方は現在でも広く信じられているが,大きな議論を呼んでいる。黒人女性は他のあらゆる人種の女性よりも男性的だという考えは17世紀から18世紀に根付いたもので,アフリカ系の人々は動物的で攻撃的であるという考えに基づいている。1995年には,人気心理学者のJ.フィリップ・ラシュトンが,黒人は白人やアジア人に比べて知能が低く,衝動的で,これは主にテストステロンのレベルが高いことが原因だと主張している。ラシュトンの研究は長年にわたって批判されてきたが,彼の著書『人種・進化・行動(Race, Evolution, and Behavior)』は現在第3版まで発行されている。ラシュトン自身,カナダ心理学会の名誉会員に選ばれ,グッゲンハイムフェローシップを一度受けた。科学者たちはここ数十年,ラシュトンの主張に反論し,皮肉にも人種疑似科学の炎を燃え上がらせている。

 米国の高齢女性において,黒人女性は白人女性に比べて,女性ホルモンであるエストロゲンの一種,エストラジオールの濃度が低いという研究結果がある。一見すると,世界陸連の人種差別的なポリシーの元凶のように見えるかもしれない。しかし,異なる人種の女性の間での人種的なホルモン差を評価した研究はほとんどなく,実際に再現できる結果が得られた研究はさらに少ないことに注意する必要があるだろう。むしろ,男性の性ホルモンの人種間格差を調べた研究の方が多いのではないだろうか。一般的に考えられているのとは異なり,テストステロン値は黒人男性と白人男性ではほぼ同じで,遊離エストラジオール値は黒人男性の方が他の人種の男性よりもはるかに高いという結果もある。しかし,このような結果でさえ,内分泌学者,生物学者,医師の間では,この分野で矛盾した研究のために疑問視されている状況だ。

 世界陸連が男性の体のヴァリエーションに相対的に関心を持たないことは,対照的に,女性に対してどれほど不公平な行いをしてきたかを示している。歴史学者のジョン・ホーバーマンは,1996年に出版した『Darwin's Athletes』の中で,この矛盾は,何世紀も前から続く「黒人の運動能力」への執着が原因であると主張している。1851年,医師のサミュエル・カートライトは,「黒人と白人の間に色の違いがあるのは皮膚だけではなく,膜組織,筋肉,腱,そしてすべての体液や分泌物にまで及んでいる」と書いている。ホーバーマンが主張するように,カートライトの著作は奴隷所有者に広く読まれ,アメリカの他の地域で道徳的な反差別運動が高まっていても,人種的なヒエラルキー奴隷制度を維持するための(擬似的な)科学的,生物学的な正当性を与えるものとなっていたのだ。カートライトの著書には,黒人の身体的特徴は利益のために使役できる場合にのみ受け入れ可能なものだという考えが含意されていた。

 今日,我々はカートライトの遺産をスポーツに見ることが可能だ。力強さや大きさを特徴とする男性の優れた肉体は,しばしば畏敬の念を抱かせ,怒りを買うことはない。しかし,女性の身体の強さは,まだそれほど利益を生むものではないから,いとも簡単に嘲笑の対象となるわけだ。

 異人種間の視点から見ると,黒人アスリートが富を得るに値すると考えられるのは,その価値が合理的な基準を超えて証明されてからだ。そうでなければ,白人選手が簡単に得られるような名声,富,評価を得ることはできない。ジョン・ベールとジョー・サングは,ケニア人選手の中長距離界での活躍を分析している。20世紀初頭からアフリカ系アメリカ人スプリンターが圧倒的な強さを誇っていた頃,ヨーロッパの白人スプリンターは,黒人選手には長距離レースで成功するためのスタミナや戦略的洞察力が欠けているとスポーツライターに言われ,静かに長距離レースに退いていた。さらに,黒人選手が白人選手よりも優れた成績を残すようになると,レース関係者は白人選手に再出場の機会を与えるか,黒人選手が出した速いタイムを失格にするかのどちらかだった。1962年にモザンビークで開催された大会で,アフリカ人ランナーのハンフリー・コシとベネット・マクガマテが白人ランナーを上回っていたにもかかわらず,役員が勝利を認めなかったのもその一例だ。

 現在,世界陸連は,アフリカをはじめとする「南半球」の各地に「発展センター」を設置し,かつて競技会での成功を阻んでいた才能ある選手を採用し,育成しようとしている。この地域の発展センターは,実際にはここのアスリートを欧米に輸出し,イギリスやフランスのような国で競争させるための手段であるという意見もある。しかし,このセンターは男性アスリートの育成を目的としており,女性のスポーツ参加に寛容な国でも女性は取り残されているのだ。

 世界陸連は,女性の才能,特に南半球の黒人女性の才能を認め,育成することにはあまり意味がないと考えているようだ。ある種の人種差別的な考え方の典型として,彼女たちは「本当の女性」ではないというわけだ。そして,世界陸連は,何世紀にもわたる白人至上主義,植民地主義ジェンダー本質主義の神話に反した身体を持つ黒人女性の運動能力を高めることを拒み,代わりにあらゆるレベルで彼女を辱めることを選択してきている。

 スポーツとプロテストのこの時代,おそらく他のランナーからの連帯の動きが立ち上がり,世界陸連の姿勢を見直させることができるかもしれない。しかし,陸上競技は依然として熾烈な競争の場だ。多くの競技者は,表彰台の隙間を埋めるチャンスだと考えているか,最悪の場合,反発を恐れずに自らの人種差別を広めることになるだろう。イギリスの中距離ランナー,ジェマ・シンプソン選手は,セメンヤとのレースを「文字通り男性との戦いだった」と表現した。オーストラリアのマデリン・ペープ選手は最近,セメンヤを擁護し,「彼女のパフォーマンスを『アンフェア』と非難する声のコーラス」に加わったことを後悔している。サハラ以南のアフリカに住む黒人女性アスリートは,非常に周縁的(marginality )な位置に置かれつづけており,彼女たちが広く支持される可能性は最初から低いものだった。皮肉なことに,世界で最も速いランナーの一人である彼女たちは,これまでと異なる結果を生み出すのに必要な注目を集めることができなかったのだ。

 しかし,彼女たちは自分で自分を擁護する必要はない。社会が他の方法で社会制度の人種的遺産と向き合い続ける中で,世界陸連のようなスポーツ団体は,人種差別的,性差別的な考えの結果としての被害に対処する明確な機会を持っているのだから。偏った科学,医師,測定基準の裏側に隠れるのはもうやめたほうがいい。セメンヤ,ニヨンサバ,ネゲサをはじめとする,高アンドロゲンのアフリカ人女性アスリートたちは,彼女たちの排除を前提として構築された女性性の理想に合わせて,自分自身を変えたり,支配されたりする必要はない。彼女たちの身体は問題ではないのだから。

 
これまでも,これからも,決して。

 

 

キャスター・セメンヤはサラ・バートマンのような扱いを受けている。

Caster treated like Saartjie Baartman

Ahmed Olayinka Sule

Mail & Guardian Online 8 May 2019

mg.co.za

 

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 先週のスポーツ仲裁裁判所の決定は、テストステロンが高い女性選手は競技前にホルモン抑制剤を服用しなければならないという国際陸上競技連盟(IAAF)の判決を支持し、キャスター・セメンヤの女性として尊重されるための10年間の戦いに一時的に終止符を打つことになった。

 セメンヤは2009年,18歳の時にベルリンで開催された世界選手権で800mで優勝して以来、世界のスポーツシーンに登場し、白い視線を浴び続けてきた。過去 10 年間では、高アンドロゲン症の セメンヤは、世間の嘲笑、差別的な性別確認テスト、競技者やスポーツコメンテーターからの嘲笑、医療情報のリークと敵対的なメディアからの侵害に直面している。

 2009年に性別確認テストを受けるよう求められた時、イギリスのブックメーカーは、彼女が男性であるか、女性であるか、あるいは両性具有であると証明されるかどうかの賭けを提供した。デイリー・メール紙やシドニー・デイリー・テレグラフ紙は、センセーショナルな見出しを使ったことがある。「キャスター・セメンヤは子宮も卵巣もない両性具有だ」と。

 セメンヤだけが高アンドロゲン症ではないはずだが、彼女はDSDs(体の性の様々な発達)を持つ人々のポスター・チャイルドとなっており、欧米の観客の前では、事実上の野蛮でエキゾチックな人間の標本として商品化されている。

 短絡的な視点からは,セメンヤの武勇伝は、スポーツにおけるジェンダーアイデンティティについての議論のように単純化されるかもしれないが、歴史の本を開くと、人種差別が決定要因であることを発見することだろう。先週の判決は、白人至上主義の権力構造の中での黒人の身体に対する取り締まりの歴史の最新の章を示している。最初の植民地主義者がアフリカの土を踏んだ時から現在に至るまで、白人世界は黒人の身体に魅了され、興味をそそられ、刺激を受け、夢中になり、執着してきた。国際陸上競技連盟(IAAF)がセメンヤ選手のテストステロン値をコントロールしようとした試みは、このパターンに当てはまる。

 18世紀から20世紀にかけて、医師、科学者、人類学者、哲学者などのアカデミズム学者は、専門家としての権威を利用して、黒人の解剖学的欠陥の仮説を立てて、黒人の身体に侵入するための知的枠組みを提供した。

 セメンヤの身体を取り締まる役割は、事実上、マラソンの世界記録保持者であるポーラ・ラドクリフが演じてきている。

 2016年リオ五輪でのセメンヤ選手の優勝後、ラドクリフ選手は800mでの彼女の優勢は「これはもはやスポーツでも、オープンレースでもない」とコメントしている。

 彼女はまた、IAAFの裁定に向けてのビルドアップで、セメンヤを支持する決定は、女子スポーツの死を告げるだろうとも述べた。ラドクリフは人種差別的なコメントでこう言ったことがある。「私が懸念しているのは、”インターセックス”で高アンドロゲン症の状態が多い特定の地域コミュニティがあることを知っていることだと思います。」

 西洋には、かつて「人間動物園」と言われたものに黒人を展示してきた長い歴史があり、現在では、セメンヤは自然の異常な産物として西洋で展示されている。植民地時代の最盛期には、イギリス、ベルギー、フランスの植民地からヨーロッパに運ばれ、檻の中で飼われていた黒人たちが、「植民地から来た野蛮人」の話を聞いて夢中になった白人たちを楽しませていた。

 パリ植民地博覧会、セントルイス万国博覧会ノルウェー万国博覧会など、国際的な見本市と称される「見世物小屋(フリーク・ショー)」が数多く企画され、そこでは黒人や褐色の身体を展示していた。オタ・ベンガイやオマイのような男性は、その「エキゾチック」なルックスに興味をそそられた白人の群衆の間で「大ヒット」となった。

 セメンヤは、ヨーロッパの首都で彼女の身体が激しい精査の対象となった最初の南アフリカ人ではない。セメンヤが世界の注目を集める約200年前、サラ・バートマンはロンドンに連れてこられ、ピカデリーサーカスをはじめとするイギリスやアイルランドの各地で群衆の前に展示された。

 

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 彼女のイギリス人の飼い主は後にフランスの動物調教師に売却し、パリで彼女を展示した。フランスでは、フランス人科学者による科学実験が行われ、ヨーロッパ人よりも大きな臀部と大きな大陰唇に興味をそそられた。

 セメンヤと並んで、23回のグランドスラム優勝を誇るセレナ・ウィリアムズもまた、「白人の身体取り締まり」の犠牲者となっている。あるテニス関係者は、彼女と妹のビーナスを「ウィリアムズ兄弟(ブラザー)」と呼んだことがある。ローリングストーンのライターは、彼女の体を「スポーツアリーナでフォルクスワーゲンを粉砕するモンスタートラックのように構築された身体」と説明し、ニューヨークタイムズのベン・ローテンバーグは、ウィリアムズをして「大きな上腕二頭筋と型破りの筋肉質な男性的骨格は、長年にわたって女子テニスを支配しているパワーと運動能力が詰め込まれている」と書いている。

   ホルモン減少治療がスポーツに使用できるかどうかのテストのためにセメンヤがモルモットとして利用されているように、歴史的にも黒人は,医学実験に不均衡に利用されてきた。

 画期的な著書『医学的アパルトヘイト』の中で、ハリエット・ワシントンは、虐待的な医学研究への黒人の不均衡な利用が慢性化していることを指摘している。彼女は次のように述べている。「帝王切開、膣瘻修復、卵巣切開などの婦人科手術の実験的開発は、ほぼその全てが奴隷にされた黒人女性を使って完成されたものだった」、「黒人の身体の供給は、アメリカ人の医学指導と治療の新しい中心地としての病院の優位性にとって重要であった。アフリカ系アメリカ人は医学部の名簿を埋め尽くした。...医学教育、訓練、研究では、黒人の身体が不均衡に利用され、南部のいくつかの会場では、黒人の身体が独占的に利用されていたのだ。」

 白人至上主義の権力構造は、生きた黒人の身体に魅了されるだけでなく、死んだ黒人の遺体にも病的な強迫観念を抱いている。バートマンのフランスでの死後、彼女の遺体は解剖され、脳、骨格、そして彼女の性器は1974年までパリの人類博物館に展示されていた。

 1835年から1913年までの間、ジョージア医科大学は、学校の解剖学研究室で使う死体を提供するために、墓荒らしを雇っていた。1989年に学校の地下室で発見された遺体の77%がアフリカ系アメリカ人であったことが明らかになった。バージニア医科大学でも同様の発見があり、発見された遺体の多くはアフリカ系アメリカ人の遺体であることが明らかになった。

 我々は、セメンヤの公開リンチに21世紀のバリエーションを目撃しているのだ。しかし、以前のものはより致命的だった。19世紀から20世紀の間に、アメリカ南部に住む多くの黒人が暴行を受け続けた。暴行現場を見逃した人々は、地元の新聞のページに掲載された画像を眺めることができた。遺体が回収された後、その身体は解剖され、遺体の一部は記念品として鑑賞者に配られた。

 読者の中には、私が人種差別をしているのではないかと反論する人もいるかもしれない。もしそうだとしたら、1936年の800メートル記録保持者であるヤルミラ・クラトーチヴィロヴァ選手の性別がなぜ問題にされなかったのだろうか?

 リオ五輪の800mレースで金、銀、銅メダリスト(すべてアフリカ出身)に次ぐ5位でゴールしたポーランド人選手のジョアンナ・ヨズヴィクは、なぜ「最初のヨーロッパ人」「2番目の白人」としてレースを終えたことを誇りに思っていると宣言したのだろうか?

 国際陸上競技連盟は、テストステロンレベルが高い女性が競争上の優位性を得るスポーツイベントとして、ハンマー投げ棒高跳びを含む研究を参照しているにもかかわらず、どうしてホルモン減少薬の要件は、セメンヤの専門分野をカバーする400mから1.60kmまでのトラック競技にのみ適用されているのだろうか?

  マイケル・フェルプスは競争相手の半分の乳酸しか産生しないことで知られているが、セメンヤはテストステロンのレベルが高いことで悪評にさらされるのはなぜなのだろうか?

 

助産師の皆さん用DSDs資料

臨床でDSDsを持つ赤ちゃんや患者さんに出会われた場合の資料集

 

※「最初の日々のために:赤ちゃんが少し違う形状の外性器で生まれた場合には…」

 出生時に性別判定が必要な外性器の状態で生まれた赤ちゃんの親御さん向けのパンフレットです。産婦人科の先生方にもご参考いただけます。 drive.google.com

 ※イギリスmidwives雑誌DSD記事

drive.google.com

 DSD医療の中心を子どもの長期的な利益とするために共にできること

drive.google.com

※母親の体験談

drive.google.com

 ※母親の子どもへの告知の体験談「その角を曲がること:あるいは、8歳と9ヶ月の娘に、あなたはおなかで子どもを育てることはできないと私が説明する時について。」

drive.google.com

 

性教育資料集

参考にしていただける国家機関による資料

ベルギー男女共同参画省調査報告書:ネクスDSDジャパン訳『性分化疾患インターセックス IN ベルギー・フランドル』

drive.google.com

パンフレット「学校や教室でDSDsについて触れるには?」

広くみなさんに宣伝・シェアいただきたい資料です!

drive.google.com

性の多様性などの講演でのDSDsについてのプレゼン資料

残念ながらLGBTなど性的マイノリティの皆さんや支援者,学校の先生なども,DSDsに対しては誤解や偏見が多い状況です。性の多様性についての講演や学校の先生向けのプレゼンでお使いいただける,DSDsに対する誤解・偏見を解くためのパワーポイント資料です。

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DSDsの説明文例

LGBTQ等性的マイノリティの皆さんや「性の多様性」についてのパンフレットや資料作成時のDSDs説明文例です。

drive.google.com 

DSDsのある人々と家族の社会的状況についての論考

nexdsd.hatenablog.com

DSDs:体の性の様々な発達(性分化疾患)医療情報リンク集

 

(1)DSDs概要

参考にしていただける国家機関による資料

オランダ・ベルギー国家機関によるDSDsを持つ人びとの実態調査報告書です。

 

 www.nexdsd.com

 

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パンフレット「学校や教室でDSDsについて触れるには?」

広くみなさんに宣伝・シェアいただきたい資料です!

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性の多様性などの講演でのDSDsについてのプレゼン資料

残念ながらLGBTなど性的マイノリティの皆さんや支援者,学校の先生なども,DSDsに対しては誤解や偏見が多い状況です。性の多様性についての講演や学校の先生向けのプレゼンでお使いいただける,DSDsに対する誤解・偏見を解くためのパワーポイント資料です。

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DSDsの説明文例

LGBTQ等性的マイノリティの皆さんや「性の多様性」についてのパンフレットや資料作成時のDSDs説明文例です。

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DSDsのある人々と家族の社会的状況についての論考

nexdsd.hatenablog.com

先生方にお願い

「DSDsの人がいるから男女の境界はない・性自認が大切」という言い方は,DSDs当事者にとっては自分の極めてプライベートな領域が勝手に暴かれ,自分の望んでもいないことに使われるという「見世物小屋」のような体験になり,トラウマを受ける当事者の方も少なくありません。先生方にはどうか,そのような例を見かけられたら,「それはいけないことなのだ」と注意いただけましたら幸甚です。

 

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(2)臨床でDSDsを持つ赤ちゃんや患者さんに出会われた場合の資料集

① 周産期

※「最初の日々のために:赤ちゃんが少し違う形状の外性器で生まれた場合には…」

 出生時に性別判定が必要な外性器の状態で生まれた赤ちゃんの親御さん向けのパンフレットです。産婦人科の先生方にもご参考いただけます。 

 

 

drive.google.com

 

※イギリスmidwives雑誌DSD記事

drive.google.com

 DSD医療の中心を子どもの長期的な利益とするために共にできること

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※母親の体験談

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 ※母親の子どもへの告知の体験談「その角を曲がること:あるいは、8歳と9ヶ月の娘に、あなたはおなかで子どもを育てることはできないと私が説明する時について。」

drive.google.com

 

 

② 思春期前後

※アンドロゲン不応症(AIS)等のXY女性に対する現在のフレームワーク

 (なぜXY女性も女性(female)と言われるようになっているのか?)

drive.google.com

※AISをどのように本人に伝えていくか?

DSDs専門医のシャーミアン先生のプレゼンの日本語訳です。

drive.google.com

※「卵精巣性DSDって何ですか?」

かつて「真性半陰陽」と呼ばれ,DSDsの「男でも女でもない」という偏見が最も強い卵精巣性DSDを持つ当事者の皆さんについてのマンガです。とてもわかりやすく,DSDsのある人々全般の体験にも通じるものがあります。

drive.google.com

 

(3)ネクスDSDジャパン


 メインサイト
www.nexdsd.com

YouTubeチャンネル

www.youtube.com

全国の大学の教職員向けに作成されたDSDs解説

youtu.be

 

今後の情報
今後のオンラインレクチャーのご案内をお送りさせていただきますので,ご希望の方は nexdsd@gmail.com までメールを下さい。

 

 

(4)DSDs:体の性の様々な発達

※CAH(先天性副腎皮質過形成)女性

youtu.be

 

※ロキタンスキー症候群

youtu.be

ロキタンスキー症候群女性への子宮移植

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※AIS(アンドロゲン不応症)などのXY女性

 

youtu.be

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クラインフェルター症候群やターナー症候群がNIPTで疑われた場合…

 

www.nexdsd.com

 

※クラインフェルター症候群

youtu.be

youtu.be

ターナー症候群

youtu.be

 

 

 

DSDs性教育資料 リンク集

参考にしていただける国家機関による資料

ベルギー男女共同参画省調査報告書:ネクスDSDジャパン訳『性分化疾患インターセックス IN ベルギー・フランドル』

drive.google.com

 

パンフレット「学校や教室でDSDsについて触れるには?」

広くみなさんに宣伝・シェアいただきたい資料です!

drive.google.com

 

性の多様性などの講演でのDSDsについてのプレゼン資料

残念ながらLGBTなど性的マイノリティの皆さんや支援者,学校の先生なども,DSDsに対しては誤解や偏見が多い状況です。性の多様性についての講演や学校の先生向けのプレゼンでお使いいただける,DSDsに対する誤解・偏見を解くためのパワーポイント資料です。 

drive.google.com

 


DSDsの説明文例

LGBTQ等性的マイノリティの皆さんや「性の多様性」についてのパンフレットや資料作成時のDSDs説明文例です。

drive.google.com

 


書籍「DSDs:体の性のさまざまな発達の基礎知識と学校対応」  

『LGBTQ+の児童・生徒・学生への支援 :教育現場をセーフ・ゾーンにするために』(誠信書房)所収

 

楽天https://a.r10.to/hyFKKe

 

 

※DSDsの総合論考

 ジェンダー法研究【第7号】DSDs:体の性の様々な発達(性分化疾患/インターセックス)とキャスター・セメンヤ 排除と見世物小屋の分裂〔ヨ・ヘイル〕

nexdsd.hatenablog.com



今後の情報

 今後のオンラインレクチャーのご案内をお送りさせていただきますので,ご希望の方は nexdsd@gmail.com までメールを下さい。



ネクスDSDジャパン 
メインサイト http://www.nexdsd.com/
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「ジェンダー法研究第7号」資料

 

  • DSDsに対する誤解偏見を解消するための,シェア許可のプレゼン資料です。大学の授業や講演でお使いください。

    drive.google.com

 

 

 

 

ここより,当事者・家族の皆さんにはつらい情報も含まれます。ご注意ください。

 

 

 

.はじめに

 

 

 

.DSDs:体の性の様々な発達

 

  •  CAH(先天性副腎皮質過形成):
  • 『ブレンダと呼ばれた少年』についてのエッセイ:
  •  ロキタンスキー症候群:
  • ロキタンスキー症候群(子宮移植)
  • クラインフェルター症候群(XXY男性)サポートグループ

The Faces of Klinefelter Syndrome - Living with XXY - Ryan Bregante

 

 

.オランダ・ベルギーの調査報告で指摘されているDSDsに対する社会的偏見

 

.社会的生物学固定観念

 

  • AIS-DSD Support Group, Member Stories.
  • yomiDr.『「もう女じゃなくなったのね」と言い放った看護師』

    yomidr.yomiuri.co.jp

  • Cyberpoli, Interview: Niet alle mannen hebben XY- en niet alle vrouwen XX-geslachtschromosomen.

    www.cyberpoli.nl

     

 

 

.DSDsを持つ人々と家族の実際の困難

 

  • ネクスDSDジャパン「ええ、もちろん。私は赤ちゃんの性別が知りたいです。― 性別判定という短い、けれども永遠の旅 ―」

 

.法が関わる問題

 

  •  InteractWhat is intersex surgery?

    interactadvocates.org

  • Intersex Human Rights AustraliaWhat is intersex? 

    ihra.org.au

  • 『「オーストラリアのパスポートには性別欄が3つある。」という車内広告が登場』gladxx.jp

  • High Court of AustraliaNSW Registrar of Births, Deaths and Marriages v Norrie

    www8.austlii.edu.au

  • High Court: NSW Registrar of Births, Deaths and Marriages v. Norrie.

    ihra.org.au

  • インターセックスの人々を第三のsexgenderとして分類しようとする試みは、我々の多様性や自己決定権を尊重していない。こういった試みは、インターセックスの人が、出生時の二元論的な法的sexアイデンティティを持つかどうかにかかわらず、広範囲の害を与える可能性がある。我々がどのように扱われているかよりも、インターセックスの人々をどのように分類するかばかりに目を向けることは、構造的暴力の一形態でもある。」ihra, Darlington Statement

    ihra.org.au

  • f:id:DSDhandbook:20200408180519p:plain

 

 

 

 

キャスター・セメンヤと女性・有色人種差別

 

  • ネクスDSDジャパン『ONE TRACK MINDS 1

    www.youtube.com

  • K.Karkazis(2016), One-Track Minds: Semenya, Chand & the Violence of Public Scrutiny.

    www.nexdsd.com

  • 堀あきこ「誰をいかなる理由で排除しようとしているのか? ―SNSにおけるトランス女性差別現象から」

    「しかし、「生物学的性別」でなされる男女の二分は、それほど明確なものではない。スポーツにおける性別確認検査の歴史は、それがいかに困難なものであったかを示しているし、一般的に出生時に付与される性別は染色体検査によるものでもない。」

    note.com

  • Katrina Karkazis,Twitter

    「彼女が挑んでいるのはそういうことではない。そういう言い方は選手に対して有害です」

 

  • AFP2019)『「私をモルモットとして利用した」 セメンヤが国際陸連による扱いを批判』

    www.afpbb.com

  • AFP2018)『男性ホルモン値の新制限、セメンヤが「標的」と物議醸す』

    www.afpbb.com

  • Ché Ramsden2016Classifying bodies, denying freedoms.

    nexdsd.hatenablog.com

  • PinkNews, Right-wingers are spreading rumours that Michelle Obama is trans – again – and it all stems back to this failed Republican congressional candidate

    www.pinknews.co.uk

  • Anna KesselThe unequal battle: privilege, genes, gender and power. The Guardian

    nexdsd.hatenablog.com

  • タナースコア

    f:id:DSDhandbook:20200916220504p:plain

 

  • F&Gスコア

    f:id:DSDhandbook:20200916220528p:plain

 

  • The New York Times Magazine2016The Humiliating Practice of Sex-Testing Female Athletes

    同じく「高アンドロゲン」を疑われたインドの女子スプリンター、デュティ・チャンドも同じような「検査」を受けさせられたことを証言している(インド陸上連盟は否定している)。チャンドは検査結果については暴露されなかったが、「性別確認検査に落ちた」ことは報道され、当時のことを「ニュースでは、私は男の子だと言っている人もいました。(筆者中略)私は丸裸にされているように感じました。私は人間ですが、自分が動物のように感じました。こんな辱めを受けてこれからどうやって生きていくのかと思いました」(強調筆者)と語っている。

    www.nytimes.com

  • The Telegraph(2019)Exclusive interview: DSD athlete Annet Negesa.

    www.telegraph.co.uk

  • WA2019IAAF response to false claims made by athlete regarding DSD Treatment.

    www.worldathletics.org

  • Sciences et Avenir(2019) Athletism: If you want to compete in the feminine category, then you must not oppose a treatment.

    www.sciencesetavenir.fr

  • バーモンは他にも、「世論が変わる必要があるが、私はインターセックスの選手のための第三の競技カテゴリーを支持している」と述べている。もちろん、選手本人がそれを望まない限り、「見世物小屋」にしかならないことは必然だろう。The Guardian2018IAAF doctor predicts intersex category in athletics within five to 10 years.

    www.theguardian.com

  • Jide Salu DiaryRio Olympics: Poem To Celebrate Controversial South African Athlete, Caster Semenya.

    Rio Olympics: Poem To Celebrate Controversial South African Athlete, Caster Semenya.babajidesalu.wordpress.com

  • The World Medical Association, WMA urges physicians not to implement IAAF rules on classifying women athletes.

    www.wma.net

  • A United Nations Human Rights CouncilA/HRC/44/26  Intersection of race and gender discrimination in sport. 

    www.ohchr.org

  • The Daily Vox, We asked grade 4s to draw Caster and what they did is amazing.

    www.thedailyvox.co.za

 

 

DSDsを持つ人々に対する「原初的差別」

 

 

 

  • ABC News, Gender row: Semenya tests cast new doubt. 26 Aug 2009. 女性人権活動家のママ・ウィニーマンデラ「彼女は私たちの娘です。誰もこの娘を検査にかけるつもりはありません。私たちに手を出さないで下さい(Don't touch us)。私たちに手を出さないで下さい。それでも私たちに手を出そうとする人は、私たちをなおも利用し、侮辱し続けていくでしょうが」

    www.abc.net.au

  • The Star (South Africa)Gender row hits UN Traumatised teen sa's new Saartjie BaArtman. August 22

    drive.google.com

    f:id:DSDhandbook:20201228183628p:plain

     

  • 日本性教育協会JASE 現代性教育研究ジャーナル」2015No.56,www.jase.faje.or.jp

    f:id:DSDhandbook:20160128173128j:plain

    f:id:DSDhandbook:20160128173224j:plain

     

  • 東京レインボープライド「よくわかるLGBTQ+用語講座[第12回]法的に男や女ではない「X」~インターセックスXジェンダー~」https://archive.vn/TPuK7

    f:id:DSDhandbook:20201222222007j:plain

 

  • 「誰も私を見なかった。大丈夫?って言ってくれた人はひとりもいなかった。シーツを取ったら(筆者注:裸になったら)今度は私以外見なくなった。こう思ったの。この人達みたいに体から心を引き剥がせたらこれは終わるんだって」CAHを持つ女性)

    youtu.be

 

  • 週刊金曜日オンライン「人骨収集は「アイヌのため」とうそぶく学者にアイヌ被害者が苦言」201768

    www.kinyobi.co.jp

  • 「人間動物園」、植民地支配の負の歴史を伝える展示会 フランス

    www.afpbb.com

  • 植民地時代の象徴;エッフェル塔がデビューしたパリ万博で、同じく人気を博した企画の一つが、「人間動物園」なるものだった。この博覧会の前に開催されたパリ万博(1878 年)では「黒人村」(village gre)というパビリオンが設置されているが、それと合わせると 2,000 万人を超える来訪者があったという。主要な「展示品」は、アフリカなどフランスの植民地から連れてきた先住民だった。囲いのなかで生活する彼らの姿が展示品となり、囲いの外からそれを眺めるというもので、まさに人が「檻」に入れられた動物を見るのと同じ構造である。先住民の多くは、裸か半裸状態で展示されていたようである。

https://www.tenri-u.ac.jp/topics/oyaken/q3tncs00001mbgg2-att/p07.pdf

 

 

 

 

 

 

不平等との戦い:特権・遺伝子・性別・権力 DSDsとスポーツ(4)

 

不平等との戦い:特権・遺伝子・性別・権力

The Guardian記事 18 Feb 2018 by Anna Kessel

www.theguardian.com

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 父の故郷である南アフリカを初めて訪れたのは,まだ8歳の時。ヨハネスブルグ上空から街の家々を見下ろすと,トルコ石のように反射する何百もの水の曲線や点が目に入ってきた。私は興奮して叫んだ。「すごい!ここってみんなプールを持ってるの!?」

 すると父は私に鋭い目をして言ったものだ。「いや・・・。みんなじゃない」。それは1987年のこと。アパルトヘイトがまだ痛みと苦しみを与え続けていた年だった。

 この旅から学んだことは多かった。そう。不平等というものをこの身で初めて味わったのだ。旅が終わる頃には,自分では知っていたつもりだった多くのことに疑問を持つようになっていた。それまでの私は,家にプールを持てるなんて素晴らしいことだと思ってた。それまでの私は,みんな平等な競争の場からスタートできるものだと思ってたのだ。

 もちろんスポーツの世界もそれが大前提だ。スポーツの運営組織というものは,選手たちが公平な機会を与えられるスタートラインを確実に与えるために存在するものだろう。さまざまなルールを作ることで,公平な競技を実施するよう努めるのだ。しかしこの役割は問題が大きくなってきている。特に女性とスポーツとの関係において。女性であることの境界(私たちの遺伝子,私たちの見た目,私たちのもっとも私的な身体の一部と体験)を定めようと,これまでも女性は取締りを受け続けているのだ。困ったことに,私たちを保護するために作られたルールが,私たちへの抑圧となってきているのだ。

 南アフリカのランナー,キャスター・セメンヤの話は,おそらく他のいかなる問題以上に,この葛藤を表したものだろう。オリンピックやさまざまな大会の女子800mチャンピオンは,彼女が初めて国際的なステージで競技してから,陵辱と医学の侵襲的な処置,ヒステリーのような興奮の対象とされてきた。彼女はまた,セレナ・ウィリアムズの南アフリカ版のような,国の英雄,アイコンとしての地位も得てきた。

 セメンヤの話はスポーツ界の女性も分断した。それは時に不快なまでのものとなり,セメンヤが「高アンドロゲン症」(医学的にテストステロンの値が高くなる特徴を状態)持つと診断された後,イタリアの800mランナー,エリーサ・クスマ・ピッチョーネは,残酷にも彼女を「男だ」とラベリングし,大英帝国のランナーのひとり,リンゼイ・シャープは,スポーツ界でのセメンヤの存在を「不公平」と断罪し,マラソンの世界記録保持者ポーラ・ラドクリフは,「キャスター・セメンヤ800mで優勝する以上の結果を女性が求められるなんて,もうそれはスポーツとは言えなくなる」と言い切った。気味の悪いことに,こういった非難の声は圧倒的に白人女性によるもので,それとは対照的に,誰が女性選手なのか?という視線にさらされるのが,決まって南半球の有色人種女性なのだ。

 「大英帝国の選手であるというアイロニー。それは,この国の選手はリオ五輪の準備に27500万ポンドかけ,競技の公平性について根本的な疑義を唱えているが,その疑義をかけられている当の国の選手は,準備に190万ポンドもかけられていないということだ。こういった皮肉はどこかに忘れられてしまっている」。これは南アフリカの作家・著述家のシソンケ・ムシマンの言葉だ。彼女の指摘は重要だ。世界でもっとも裕福な国々が国際スポーツにかける投資金額には,みんな見て見ぬ振りの有様だからだ。リオオリンピック前,たった30カ国が80%のメダルを独占するだろうと思われていた。プライスウォーターハウスクーパーズのチーフエコノミスト,ジョン・ホークワースは,スポーツ界のこういうパターンは現代のグローバル経済による状況の映し鏡になっていると冷静に観ている。力のある選ばれた数少ない国だけが最高の報酬を刈り取っていくのだ。

 2009年のベルリン世界陸上。私は特派員記者として働いていた。セメンヤの話が初めて暴露された時だ。彼女が彼女の性器について報道されはじめたのは,彼女がまだ18歳の時だった。それは私の仕事の中でも,もっとも困難で,すさまじく心が痛み,気まずい思いのする話だった。世界中のスポーツメディアもこのような状況に対応した言葉を持ち合わせず,ジャーナリストたちは,「両性具有(男でも女でもない性別)」から「インターセックス」,そして「高アンドロゲン症」や「性分化疾患」と,専門用語の海をぎこちなく右往左往していた。

 それからの9年間,セメンヤは国際陸上競技連盟IAAF)の要請に応じてホルモン治療を受けていたが,その間も疑惑の視線は止むことはなかった。この間,スポーツ仲裁裁判所CAS)は,IAAFに対して,テストステロンの高値がセメンヤのようなアスリートに有利となるという決定的な証拠(エヴィデンス)が提出できない限りは,高アンドロゲン規制は保留にするべきだという判決を出した。我々ジャーナリストは,結局のところ,この問題の筋道を今でも不器用なままに航行している状況なのだ。

 すでに多くの人々が論じているところではあるが,高アンドロゲン症と言っても,それはひとりの選手の他の選手との違いを作る様々多くの遺伝子的素因のひとつでしかない。1960年台の賞を独占した,フィンランドクロスカントリースキー選手,Eero Mäntyrantaは,生まれつきに赤血球とヘモグロビンの数が多い遺伝子的体質であったし,ウサイン・ボルトは2メートル近い身長を持ち,光のような速さの足の回転で3回のオリンピックの競技を圧倒的な記録で撃破した。

 しかし誰一人として,本来だれも一様ではない競技という場での彼の存在について非難する人はいなかったはずだ。だったらなぜ,女性の高アンドロゲン症は規制されるべきだなんてことになるのだろうか?

 2016年のスポーツ学会に出席した際,生命倫理学者のシルヴィア・カンポレシー博士がこの問題について論じているのを聞くことができた。高アンドロゲン症規制が登場して以来,南半球出身の有色人種女性だけが性別テストのターゲットにされているとカンポレシーは指摘する。私は訊いてみた。「なぜそんなことになるんでしょう?」

 カンポレシーは答えた。「(身体を統治するスポーツという領域では),人種問題と性別問題には重なるところがあります。多分,帝国主義的な医学も。もし女性が基準を満たさなければ,外科手術やアンドロゲン抑制治療を受けねばならないという考えになっている。でも男性にはそういう必要が課されることはない。もし女性が卓越したパフォーマンスを発揮しすぎたり男性の成績範囲に近づきすぎたりすると,競技の公平性を保証するためには,そういう外れ値は抑制される必要がある。そんな考えがスポーツにはどうもあるらしい。現実的には,ある選手がチャンピオンになるには,他にもさまざまな遺伝子的要因や生物学的要因もあるし,それにトレーニングや精神的強さなども関係するはずなのですが。キャスター・セメンヤとボルトを比べてみるなら,彼女は別に外れ値ということにもならない。公平性をアンドロゲン値だけで定義するなんて狭量です。公平性というものはもっと大きな範囲の観念でしょう」。

 スタンフォード大学カトリーナ・カルケイジスは,デュティ・チャンドのケースで証言者となっている生命倫理学者だ。インドの短距離選手デュティ・チャンドは,2015年にCASに法的訴えを起こし,IAAFのテストステロン規制を2年保留にさせた。カルケイジスはこの問題にまつわる議論に対して新たな方向性を与えるキーマンになっている。彼女が呼ぶところの「テストステロン神話」という挑戦的な議論は特にそうだ。彼女の議論はこの問題の社会文化的な文脈で頻繁に引用されている。「テストステロン(T)の値が高い女性選手にはパフォーマンスの違いがあるのかどうか,IAAFは証明する必要がある。Tレベルが高い女性選手が女性選手同士の中で,どれほどのアドバンテージがあるかではなく,男性選手一般が女性選手よりも高いパフォーマンスの違いほどのものがあるのかどうかをだ。男性選手と女性選手では大きなパフォーマンスの違いがあるはずだ。CASはそれを1012%と見積もっている。そしてどのような研究でも,女性同士でこれほどの違いが出たことはないはずだ」

 セメンヤとチャンドについてのメディア報道の中には,彼女たちが辺境出身で,まるで出生地と遺伝子構造に関係があるかのように書いたものが大量にあった。カンポレシーは,高アンドロゲン症が英国と比べて南半球の国々により多くみられるなどという科学的エヴィデンスはないと語っている。「そんな憶測は間違いでしょう。アンドロゲンの値は人種によるものだなどという理論には私はとても懐疑的です。そういう状態には様々な原因があります。多嚢胞性卵巣症候群PCOS)といった軽い状態(英国では女性5人に1人)でも起こり得るものなのです」。

 これまでにアンドロゲン規制で白人の女性選手が引っかからないのは,彼女たちは西洋社会の考えるところの女性性から発する「見た目という引き金」に必ずしも順応する必要性がないからだと,カンポレシーは考えている。「私の直観としては,もちろんそういう特定のヘテロノーマティヴな女性性の基準に順応しなくてはならないというプレッシャーが女性に課されているのだと見ています。IAAFの高アンドロゲン症規制の考えの基盤はそういうものなのではないかと類推できます」。

 カンポレシーが言う基盤,つまりアンドロゲンの基準スコア表は,元々1961年に英国の2人の医師が作ったシステムをベースにしている。現在この規制は保留されているが,CASが判決を出す以前は,この基準がIAAFの女性競技の規制のひとつとして用いられていたのだ。

 この表を見ていると,なんだか大昔のものに出くわしたような印象になる。こんな基準が2015年まで使われていたと考えると不穏な気持ちになってくる。この基準表の多毛症の項目には,身体の11の様々な部位の「スコアリング表」が,手書きのイラストと共に付いている。顔のひげを剃っているかどうか問う一連のチェック項目まである。どんな方法で剃ったか?何度ほど剃っているか? 「汗腺の臭い」の査定項目もある。これは,女性の体を測定しカテゴライズし,それに合わなければ警鐘を鳴らすようなものだ。

 セメンヤの話が初めて暴露された時は,私の周りで彼女の容姿を元に彼女の性別について「議論」している人々が,当たり前のようにそういう話をしていることに驚いたものだ。もしセメンヤが白人だったら,髪が長く化粧をしてたら,あの時同じような喧々諤々の論争は果たして起きただろうか?

 私はシソンケ・ムシマンに,IAAFの選手容姿容貌チェックリスト,すなわち有色人種の女性を,偏狭な白人西洋的な視点から眺める制度について訊いてみた。ムシマンは語った。「そのとおり。私は今ここに座ってあなたに話をしてて,私の髪はとてもショートヘア,ほとんど髪が無いと言ってもいいですね。でもそれって南アフリカの女性では至って普通のことなんです。それに別にこれは「男性的」とか「男っぽい」とかいう意味ではない」。「そしてもちろん歴史的に振り返れば,白人世界の女性性という観念は,黒人世界の女性性という観念との比較で常に構築されてきています。なので白人女性の中で美しいとされる特徴を黒人女性が真似をすれば,それは美しいとみなされる。でももしそうしなければ,その黒人女性は醜いとみなされるのです」。

 白人社会の女性性が規定の女性性になっているのだ。「黒人女性は常に,女性のグラデーションの悪い側に立たされている。そしてその最たるものが,キャスターの話でした。たしかに彼女は高アンドロゲン症で,彼女の話は確かに更に劇的なものではあるでしょう。ですが,その劇的な話も実は,白人社会が作った女性性という観念のカテゴリーに落とし込まれて作られたものだったのです」。

 セメンヤは南アフリカに対する有名な事件になった。「人々はキャスターの話に色々な理由で興味を持ちました。性別(gender)やらアイデンティティやら,そういったものに。でも実は人々は,南アフリカを最後の辺境な植民地として興味を持ったのだと私は考えています」。 ムシマンは南アフリカのライターで学識者の Njabulo Ndebeleが書いた国際社会の白人性の自己防衛についての記事を引用した。南アフリカはどこもかしこも白人が所有するものなのだ,みたいな感覚がある。白人はそこで好き勝手に動き回って,そこで気持ちよくなれるものなのだ。そんなことを言いたげな。キャスター・セメンヤに起きたことも同じだと感じています。これもまた南アフリカと同じ。白人社会は南アフリカを所有し,何かを言える権利があるというわけです。彼女はつまりそういったもの全てと戦ったのです。彼女は,普通なら繊細な問題のはずのこと,英国だったら尚更繊細なはずのこと一つ一つで公然とした侮辱の対象となったわけです」。

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  セメンヤやデュティ・チャンドの生まれが,地方の「村落」であることについても私は訊いた。まるでこういうことは,植民地支配がまだ及んでいない「草原」の奥深くでのみ起きることみたいに思われてるんじゃないかと。「そのとおりです。なぜ南アフリカ人が彼女を強く認めているのか,それも理由のひとつです。キャスター・セメンヤを巡ってはそういう立ち回りもあるんです。南アフリカ人は本当にみんな,キャスター・セメンヤを愛しています。族長でもミソジニスト(女性嫌悪者)でもホモフォビア(同性愛嫌悪者)の人でも,そのほとんどがセメンヤを愛しているんです。ハッシュタグ
#castersemenyaで調べてみてください。どれだけ彼女がどんな南アフリカ人にも慕われているか,分かると思いますよ」。

          しかし,スポーツにおける女性の平等性擁護には,まだ大きな問題が残っているとムシマンは言う。たとえば南アフリカのサッカーチーム, Banyana Banyanaは,9月のCOSAFAカップで優勝するような偉業を達成したにもかかわらず,プレイには何ら賃金は払われておらず,ほぼ注目もされなかった。セメンヤが認められたのは,その生々しい体験の普遍性からだ。「キャスターがどのような視線にさらされたか,どのように語られたか,そこでの不公正が南アフリカで知られたからでしょう。彼女はより大きなものの代表となったのです。(アメリカのアフリカンアメリカンでテニス選手の)セリーナ・ウィリアムズはもっと男性的な体つきをしていて,私たち黒人が長年受けてきたステレオタイプや比喩が彼女によく使われてきました。だから黒人女性が何かを成したげた時,その人はある種の克服のモチーフになるのです。そういう卓越した人物がどういう扱いを受けてきたかを指摘することで,差別というのが現実的なものであるという証明することができますから。アフリカに住む人々はこう思えるんです。『彼女たちは素晴らしい。私たちが体験してきたことを彼女たちでさえ負わされてきた。だったら私たちにもどんなチャンスがあるのか?』って。だからもちろん私たちは彼女たちの味方になるんです。彼女たちは私たちの象徴なのですから」。

 誤りは,こういう女性選手の遺伝子にあるのではない。スポーツの価値やフェアプレイ,そして倫理の道を踏み外し,大きな組織が彼女たちのような女性たちを扱ってきた,そのあり方にあるのだ。まだ18歳の時,国のジュニアチャンピオンシップで優勝したチャンドは,自分は騙されて性別判定検査を受けさせられたと語っている。彼女の証言によれば,インド陸上連盟(AFI)の要請で,この10代の女性は,血液検査のためにデリーまで1,700キロ旅をすることになったが,分かる人間がいないから超音波検査を受けてもらうとしか言われなかった。しかしその場で,彼女はクリトリスや膣,陰唇,それに乳房やアンダーヘアも検査されたのだ。(AFIはチャンドのこの証言には異議を唱えている)。

 その後AFIは,インドのスポーツ専門家に,このケースは「やっかいな」ケースだと警告する関係書類を送る。ホルモン療法を受けることに同意したにもかかわらず,チャンドは即座に競技出場を禁止された。そして彼女はこれを拒否したのだ。

 医学的な理由もないのに選手に薬を飲んだり医学的処置を無理に受けさせるということには,多くの人が倫理的な懸念を持つだろう。スタンフォード大学生命倫理学者,カトリーナ・カルケイジスは,手術処置後の骨粗鬆症のリスクが増えることを警告しており,また退職した内分泌科医学博士のPeter Sonksenは,臨床内分泌代謝学雑誌で,クリトリスの切断や性腺切除といった「女性化」処置は「非倫理的」であると書いている。IAAFはそういう医学的処置には費用は払っても,選手のその後のアフターケアには関与しない。Sonken博士は,南半球から来た選手は,そういう処置後の継続的なホルモン補充やフォローアップとしての健康チェックを受けられない可能性もあり,本質的にネガティブな影響を与えるとしている。合衆国の健康に関する特別報告者であるDainius Pūrasは,ロンドンオリンピック4人の女性選手に行われたクリトリス減縮術,いわゆる「女性化」処置を,一種の女性性器去勢だとして激しく非難している。

(訳者注:ここでの「女性化」という言葉は,「半陰陽フレームワーク」という偏見がある人には,「男女どちらでもない人を,無理に女性にしている」と誤解されやすい。実際には,「女性ならばこれくらいのクリトリスの大きさでなければならない」という固定観念・規範から,女性のクリトリスを小さくする手術が行われるということを指している)。

 この話をどう理解すれば良いのか,更に大きな思考の枠組みが必要だ。カナダのスポーツジャーナリストShireen Ahmedは,西洋に住む我々が,いかにグローバルに重要な物語を語るごく少数のエリートに左右されているかということを強調している。Ahmedムスリムの女性としてスポーツに情熱を傾けたが,ヒジャブ禁止措置に見舞われ,社会サービスの仕事をやめ,スポーツライターになり,グローバリズム的価値に対して鋭い一撃を付けている。「こういうことをしている理由のひとつは,スポーツにおける女性選手の語られ方が本当に嫌だったからです」。彼女は続けて説明する。「そういう記事はほとんどが白人男性によって書かれてるんです。地政学的な文脈を理解したものなんて本当ほとんど無い。ムスリム女性も別に一枚岩じゃないんです」。

          西洋社会ではまるで自分たちは全てに対する解答を持っているかのように考えてしまう。しかしAhmedは,カナダの女性プロアイスホッケーリーグは,国技でもあるにもかかわらず,何の支援金も払われていないことを指摘する。食事代と旅費,それだけしか出ていないのだ。「これを知った時はギョッとしました。私たちは自分たちを先進国だと思いたいところでしょう。イギリスでもカナダでもオーストラリアでも。でもスポーツでの女性の困難は,マチルダス(豪女子サッカ代表チーム)が同一賃金を求めている話であろうと,デンマークの女性チームであろうと,イギリスのライオネス(女子サッカ代表チーム)であろうと,どこでも全く同じなんです」。

 彼女は,女子スター選手たちが国際サッカー連盟 (FIFA) に対して訴訟を起こしているにもかかわらず,2015年のカナダでの女子ワールドカップが人工芝で行われた騒動を引用した。「ええ。カナダは現在,2028年の男子ワールドカップに立候補していますが,人工芝ではなくもちろん天然芝の予定です。女性チームのこととなると,「4月まで冬なので芝生を保つことができません。もちろん,男性向けでない限り」と言ってるみたいなもので面白いです」。カナダのテレビで国際女子スポーツを見つけようと思うと大変なことになると,Ahmedは笑った。2017年,欧州女子選手権が開かれた際は,あるテレビ局が女子サッカーではなく「コーンホール(乾燥トウモロコシの入った袋を木の板に開けられた穴に投げ入れるゲーム)」の試合を放送した。「想像できますか。男子ユーロの試合は全部主要ネットワークで放送されました。放送がなければ,視聴者も出てくるわけがない。馬鹿げた話です。」

 Ahmedは長年にわたり,FIFAFIVBビーチバレーボールによる禁止解除から,女子ボクシングとコートバレーボールで進行中の戦いまで,スポーツとヒジャブに関する様々な進展を追跡してきた。

 2016年のオリンピックバレーボールで,「ブルカ対ビキニ」と茶化されたエジプト対ドイツ戦について書いたとき,Ahmedは女子だけに適用されている競技装具規定に書かれた不穏な指示を暴き出した。「バレーボール連盟が女性のビキニをセンチメーター単位で,ボトムのバンドの幅まで規定していることを知りませんでした。本当に心外に感じました。ムスリムの女性が着ているものをコントロールする話だと思って記事を書こうとしましたが,それどころではなく,すべての女性が着ているものをコントロールする話だったのです。半袖のラッシュガードをつけたいというオランダ人女性選手がいたのですが,彼女はビキニの代わりにTシャツを着るために,許可を特別に得なければならなかったんです。男性にはこのような取り締まりはないのに」。

 スポーツの世界は女性の扱いに直面せざるを得なくなっている。世界の女子サッカー界は,不払い賃金に抗議するナイジェリアの座り込みや,賃金と諸条件の平等に抗議するデンマークとアルゼンチンのストライキで闘っている。スポーツ選手だけの問題ではない。英国で働く女性ジャーナリストのためのグループであるSecond Sourceは,最近,メディアにおけるセクハラや虐待に取り組むために,超党派の政治的支援を得て設立された。それはとても必要なことだ。私が記事を書いている間に,ある女性ジャーナリストがソーシャルメディアで大胆にスポーツの意見を述べたために受け取ったメッセージのスクリーンショットを送ってきた。彼女は,自殺しろ,台所に戻れと言われていた。彼女のような社会的役割の多くの女性では,それが当たり前の出来事になっているのだ。

 「女性が含まれているかどうかを確認するのは,それほど複雑なことではありません」とAhmedは言う。しかし悲しきかな,スポーツにおける公平な競技場という概念は女性を落第させ続けている。2018年,今年は良い進歩をもたらす必要があるだろう。

 

セメンヤは悪質なジェンダー戦争の犠牲者である : DSDsとスポーツ(4)

セメンヤは悪質なジェンダー戦争の犠牲者である

Janice Turner  May 4 2019, 12:01am

南アフリカインターセックス・アスリートは,女性スポーツの生き残りのためのテストケースとして扱われている間も,深く落ち着いた態度を崩さなかった。

www.thetimes.co.uk

 バックウォーターアスレチックミーティングに参加していた,当時まだ10代のキャスター・セメンヤは,女子競技出場の許可を受ける前にトイレに連れて行かれ,その下着を下ろされた。その後ポートレイトの撮影があったが,なぜか彼女は自分が女性であると「証明する」ために,筋肉質の体格に短いスカートとハイヒールを身につけた格好だった。しかし,その後も彼女は依然として難問,例外とされ,世界が分類しようと必死になっている,刺激的であちこち突っつき回される標本になっている。

 今週のCAS(スポーツ仲裁裁判所)裁定は無茶苦茶だ。このままだと昨夜のドーハでの彼女の圧勝は,彼女が走る最後の800メートルになるかもしれない。なぜなら,彼女は自分のテストステロン値(そしてそのスピード)を下げることには乗り気ではないように見えるからだ。しかし,彼女の高い男性ホルモン値が有利だとして分類されない,より長い距離に変更することはできる。

 しかし,キャスターは女性のスポーツのインテグリティをめぐる戦いで集中砲火を浴びた負傷者であり,それは,彼女の稀なDSD体の性の様々な発達(性分化疾患),あるいはインターセックスの体の状態とは何の関係もない。3年前,トランスの活動家たちは,国際オリンピック委員会(IOC)の規定を変更し,男性生まれの運動選手が女性と競争するために必要な条件は,テストステロンを一年間で10nmol/L(ナノモル/リットル)に下げることだけになった。IOC2020年の東京五輪までにこれを5nmol/Lに下げるかもしれない。女性は通常2nmol/L未満である。(男性は10.41から34 nmol/L)。

 トランスジェンダーの活動家たちは,男性の思春期が運動選手にもたらす永続的な有利さ(体格が大きく,筋肉量が厚く,心臓が大きく,赤血球が増えて酸素吸収が高まる)は重要ではないと主張した。そして今は,運動選手の血中テストステロンだけの問題とされるようになったのだ。都合のいいことに,遺伝的な男性はそれだけクリアすればいいのだと。結局,骨格を小さくすることはできないのだからと。 

 したがって,女性というものがテストステロンの低い人間にすぎないのであれば,この規則はすべての人に適用されなければならないことになる。しかし,キャスターのケースは単に不正ではない。彼女の支持者が言うように,水泳選手のマイケル・フェルプスが足を上下に反らせているのと同じくように,彼女は異常に高いテストステロンに恵まれた女性ではないのだ。彼女の尊厳を守るために,キャスターの性別検査の結果はこれまで当然非公開だった。しかしCASの裁定では,「46XX」ではなく「46XY」と呼ばれるインターセックス運動選手のみがテストステロンを低下させなければならないとされている。言い換えれば,この判決は,外見にかかわらず,染色体は一般的には男性型である人々に適用されるというわけだ。

 それでは,彼女はずっと男だったということなのだろうか? 繰り返すが,これはそれほど単純な話ではない。彼女はPAIS(部分的アンドロゲン不応症)の可能性が最も高いと言われているが,これは胎児の時にテストステロンを十分に利用できず,外性器は女性型で腹腔内に精巣をあることを意味する。重度のPAISは,彼女の体が男性の思春期の恩恵を十分に享受することをむしろ阻害するということだ。トランス女性なら言われなかったはずの,キャスターは男性と競争するべきだなんてことを主張することはできないはずなのだ。これこそもっと不公平なことだろう。

 それに,キャスター・セメンヤは女の子に生まれ育ち,常に女性として生き,決して騙していたわけではない。人間の約0.001%DSDの体の状態を持っているということから,彼女もまた,他の多くのスポーツ伝説のような選手たちと同じく,特異的な身体を持つ卓越者とみなすことができるのだ。しかし現在のジェンダー戦争ではそうとはみなされないのである。

 CASの評決は,ポーラ・ラドクリフやケリー・ホームズのような女性スポーツ活動家によって恐れられていた。マルティナ・ナブラチロワはセメンヤを親友と呼び,トランスとインターセックスのアスリートを混同してはならないと宣言した。しかし懸念されていたのは,もしCASが,染色体が男性型であるセメンヤがテストステロン値を低下させることなく女性と競争できると判断した場合,トランスアスリートも同じことを要求するだろうということだった。

  これはなにも妄想的な恐れではない。トランス系女性,レイチェル・マッキノン氏は,これまで男性としてはほとんど運動能力がなかったにもかかわらず,女性マスターズ・トラック・サイクリングで優勝し,女性であると自認していることが自分が女性であることを意味すると主張しているのだ。したがって,彼女が競技に参加するために天然のテストステロンを減らすよう要求することは,人権侵害に当たることになる。

 一方,アマチュアや大学のイベントでは,参加者はホルモン量に関係なく,自分が競争したい性別のカテゴリーを選ぶだけでよくなっている。コネチカット州では,女子国体選手権で,男性の体を持つ女性トランス・アスリート2人についで3位になった16歳の高校生のセリーナ・ソウルが,「女性」を生物学的現実から内面的感情に定義すると提案された米国平等法案と戦っている。彼女が問うているのは,女性のスポーツ,奨学金,記録,賞品は,もしそれを男性に生まれた人にもオープンにしたら,どうなってしまうのかという点だ。トランスの人々は少数ではあるが,確かに0.001%以上を占めるのである。

 セメンヤの裁定において,CASは少なくともIOCの新しい規則を強化し,一貫性を導入しようとしていた。健康な運動選手に薬を飲ませようとする激しい抗議の声にもかかわらず,セメンヤは避妊薬を飲む必要があるという結論になる可能性が高い。

 何よりも自制と落ち着きで行動してきた選手が,政治的サッカーのボールのように扱われるのは残念だ。南アフリカCASの決定を「アパルトヘイトの傷」を開くものだと声明を出していて,彼女の多くのファンは,キャスターの筋肉質の体格が批判されているのは黒人女性が常に白人の女性としての基準を満たしていないと判断されるからだと主張している。いまだ未踏の女子800M世界記録を1983年に樹立したチェコのはちきれんばかりの筋肉のヤルミラ・クラトフビロワを男性だと言う人はいないと彼らは主張している。ただ,彼女が東ヨーロッパのドーピングプログラムの一員だったといううわさは消えていないが。

 CASは,すべての女性に公正な競争を確保できなければ,「成功への道を見いだせないから」,次世代の女性競技というものを失う危険があるという世界中で高まっている懸念に対応したものにすぎなかった。悲しいことに,女性スポーツにとっての良い日は偉大な女性アスリートにとっては最悪の瞬間となったのだった。

 

 

キャスター・セメンヤとIAAFの激しい戦いの詳細が文書で明らかに  DSDsとスポーツ(3)

キャスター・セメンヤとIAAFの激しい戦いの詳細が文書で明らかに

https://www.apnews.com/f844add98d02453ea926706f687c2fc7

ジェラルド・インレイAP通信2019年6月22日11時間前に更新

 

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南アフリカキャスター・セメンヤは5月3日,カタールのドーハで行われるダイヤモンド・リーグの女子800メートル決勝に出場。生まれつきのテストステロンのが高いことによる利点を隠すためにわざとゆっくり走っているとIAAFが非難したことについて,彼女は怒りと共にその告発を否定した。
Kamran Jebreili:AP通信


 先日公開された裁判所の文書によると,キャスター・セメンヤは、生まれつき高いテストステロン値による利点を隠すために意図的にゆっくり走っているとIAAFから非難された。

 セメンヤは怒りとともにその告発を否定した。

 このやりとりは,今年2月に開催されたスポーツ仲裁裁判所で行なわれた,彼女が訴えたテストステロン (男性ホルモン) に関する規則に関する163ページの裁判記録に含まれていた。4カ月後,この文書は両者の合意で編集の上公開された。

 文書には2009年の世界選手権の前後に行われた「残虐で屈辱的な」出来事についても書かれており、当時まだわずか18歳だったセメンヤは,合意なしに2回の「性別確認テスト」を受けさせられたとしている。

 ある婦人科医によれば,IAAFはその後まだ若いセメンヤにテストステロンを除去する手術を受けるように迫ったという。この婦人科医はIAAFの要請に抵抗し,最終的にセメンヤはホルモン抑制剤の服用に同意した。

 以下は、裁判文書からの詳細である。

 

セメンヤの受けた体験 

 セメンヤは,10年前のベルリンの初のメジャー大会で,世界中で受けた体験について,証言の中で初めて詳細に説明した。

 彼女によれば,南アフリカ陸上競技連盟は婦人科医を派遣し,彼女の性器の検査や血液サンプルの採取などの検査を行わせたが,何のための検査なのかは告げなかったという。世界選手権800Mで優勝した後,IAAFはドイツの病院で当時まだ10代だった少女にさらなる検査を行った。それは「IAAFによる命令」で,自分には選択の余地がなかったとセメンヤは述べている。

 話はそれに終わらない。セメンヤは2010年にホルモン抑制剤(経口避妊薬)を服用することに同意したが,それはIAAFが生まれつきのテストステロン値を医学的に低下させなければ競争を続けることはできないと言ったからだ。セメンヤはIAAFがテストステロン規制を初めて導入した前年から投薬させられていた。彼女はその時まだ10代だった。

 セメンヤの対応にあたった南アフリカの婦人科医であるグレタ・ドレイヤーは,IAAFがまず「セメンヤに対して望まれる処置」としたのは手術であると「はっきりと言った」と証言した。ドレイヤー医師はその要請に抵抗し,セメンヤが何らかの治療を受けるとすれば,それはホルモン抑制に留めるべきだと述べた。IAAFはこの規制のもとではいかなる競技者に対しても手術の強制は否定しているとしたが,手術は経口避妊薬やホルモン遮断注射と並んで世界的な団体が推奨している治療法の1つとなっているとした。


治療法 

 セメンヤは2010〜2015年の5年間経口避妊薬を服用し,体重増加や発熱,吐き気,腹痛など,2011年の世界選手権大会や2012年のオリンピックで経験した多くの副作用を訴えた。南アフリカ陸上競技チームの医師によると,この薬はセメンヤの感情状態やトレーニング能力にも影響を及ぼし,「目に見えてうつ状態に落ち込んでいた」という。医師のフィルダ・デ・ジャガー氏によると、この薬はセメンヤの身体の代謝を「狂わせ」,更年期の女性の症状を呈させたとしている。

 またセメンヤは,彼女が故意に薬物を服用せず,メジャー大会に向けてテストステロン値を操作していたというIAAFの非難に対しても,これを否定した。彼女は5年間,毎月2回の血液検査と予告なしの無作為血液検査を受けなければならなかった。アスリートのテストステロンを医学的に減少させる実験の「ラット」のように扱われているようにセメンヤは感じたという。

 

「生物学的に男性」 

 IAAFはそれまでは公にそう言わなかったが,スイスのスポーツの最高裁判所の非公開の審理の中で,セメンヤや特定の「体の性の様々な発達状態(DSD性分化疾患)を持つアスリートたちは「生物学的に男性」だと主張した。現在28歳のセメンヤは,男性に典型的なXYの染色体パターンで,男性と女性の生物学的特徴を持ち,テストステロンが典型的な女性の範囲より高い状態で生まれたのだと。彼女は出生時に法的に女性と確認され,生涯を通じて女性として生きてきている。

 セメンヤは,IAAFの「生物学的に男性」との主張に「ひどく傷ついた」と述べた。

 この発言はIAAFの医学・科学部門の責任者でテストステロン規制の立案責任者を務めるステファン・ベルモンによるものであった。セメンヤの弁護士による反対尋問の中で,ベルモンはこの陳述は誤りであったと認めた。証言の中でベルモンは,いわゆる46XY DSDの体の状態で,セメンヤのようなテストステロンを減らす治療を受けた全ての運動選手が競技に戻ったわけではないことも認めた。

 IAAFは法廷審問で,テストステロン値の高さがセメンヤらこれまで46人のXY DSDのアスリートに,典型的なテストステロンレベルの女性よりも不公平な優位性を与えることを示す研究調査を提出した。3人の裁判官のうち2人 (1人はセメンヤを擁護する立場) が証拠を認め,IAAFは裁判官2対1の過半数で勝利したのだった。


アスリートの同意 

 IAAFのテストステロン調査の一部は,ベルモン医師が2011年の韓国大邸の世界選手権と2013年のモスクワ世界選手権 で採取した,世界のトップアスリート2,000人以上の血液サンプルを使った研究から得られたものだ。サンプルは当時アンチ・ドーピング・テストのために採取され,数年後には生まれつきのテストステロンを規制するルールを支持する研究のためにベルモンによって使用された。選手たちは自分の医療サンプルを後の研究に使用される可能性についての同意書を提供するようIAAFに求めていたが,IAAFは拒否していた。

 ベルモンは,倫理に反する研究が行なわれたという疑惑に対して,選手たちは自分たちのサンプルが「アンチドーピング研究」に使われることに同意しており,テストステロンのデータはそれに役立てたと述べた。ベルモン医師は,この研究が他の問題を「明らかにする」ために行われたという事実は無関係だとしている。


テストステロン制限のこれから 

 ベルモンは,IAAFがテストステロン制限を一部の競技 (400メートルから1マイルまでのトラックレース) に適用する決定を下した背景にある研究の一部を明らかにしたが、それ以外の競技でもテストステロンのアドバンテージがあることを示す独自の証拠があったにもかかわらず,その競技には適用しなかった。

 IAAFの説明はシンプルだ。IAAFはセメンヤのような46XY DSDアスリートが目立つ競技をターゲットにしたのだ。ベルモンは述べている。46XY DSDを持つ6〜8人のアスリートが他の競技に3〜5年間参加すれば,その競技でもテストステロンの制限が適用されることになるだろうと。

 

「身体の分類。自由の否定。」DSDsとスポーツ

身体の分類。自由の否定。Ché Ramsden 5 September 2016

 

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「セメンヤの性別(gender)を殊更に疑うこと。それは彼女の性別を別のカテゴリーに再分類し、彼女の女性性に疑いをかけるような行為だ。それは結局抑圧の構造を強めるだけなのだ。」

 

体の性の構造から人種まで、分類というものは抑圧の道具となっている。この記事では、特にキャスター・セメンヤに対して向けられた虐待的な仕打ちを検証し、今週のAWID発展途上国の女性の権利協会)国際フォーラムのテーマ「身体的主体性と自由」の更に先を見ていきたい。

10代前半の頃、クリスマスに私は祖母と一緒に、彼女のまだ生きていた母方いとこみんなに箱入りのビスケットを届ける手伝いをしていた。私達の親戚関係はとても広かったが、とても親密な関係だった。なので、最後のビスケットの箱を渡す叔母の名前を自分が知らないことに私は驚いた。「ドーンって誰?」

「イブリンおばさんの娘さんよ」。叔母のイブリンは私の曾祖母の妹。私の家のダイニングルームにおいてある古い家族写真には、赤ちゃんの頃のイブリンが写っていた。

「イブリンおばちゃんに娘さんがいるなんて知らなかった」

「イブリンが結婚した相手は白人だったの。だから他の家族のこと、知らないんだろうね」。

それからの20年間。私は南アフリカのあちこちで起きている話を聞き続けた。アパルトヘイトという分断で引き裂かれた家族たちの物語を。イブリンおばさんは大人になっての人生大半を「パスした」のだ。彼女は白人地区に居住し、周りの白人社会や子どもたちには、自分の出身を隠してきたのだ。一方、彼女の他の親戚たちは「有色人種」に分類された。おばさんは見てきたのだ。彼女の黒人の妹達がアパルトヘイト下で受けてきた仕打ちを。強制移住というトラウマ的な体験も。私は想像する。イブリンが感じただろう感情を。自分も「見つけられるのではないか」という恐怖の感情を。

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 見た目で肌が白い方だった私の曾祖母も「白人との結婚」を勧められたが、彼女が恋に落ちたのは、肌が黒い今の夫だった。ふたりの上の娘さんは母親と同じ顔の色だったが、私の祖母とその父親は、白人の親戚のところには立ち寄らないようにしていた。イブリンおばさんとその夫を白人社会の中で「困らせない」ためだ。ドーンは15歳になるまで知らなかったのだ。私達のビスケットの箱を受け取る人全員の存在を自分が知らないということを。

小さな私の世界はひっくり返った。ドーンの家に着いて、自分の新しい年老いた白いおばさんにビスケットの箱を手渡す時も、なんだかぎこちない沈黙の中でだった。家に帰る途中、私は更にイブリンの家族の現実を知ることになる。「でも…、おばさんの子どもは何も聞かなかったの?自分におばさんやいとこがいるって知ってたら、おばあちゃんのお父さんやおばあちゃんのこと心配じゃなかったの?おばさんやみんなは、他のみんながどこに住んでるか知らなかったの?」

「多分…、おばさんの母親は、私たちを家族だとはあまり思ってなかっただけなんだよ…」。でも、彼女は私たちの家族なのだ。そして、おばあちゃんは一言だけ言った。「アパルトヘイトなんて気違いじみてる」。


分類

 私がこの話をしているのは、分類というものが意味のないものであり、同時にかつ意味のあるものだということを描くためだ。「えんぴつ検査」が政治的ツールとして合法化されているのを見れば、分類というものに、奇妙で現実的じゃないものがあることに気づくだろう。多くの南アフリカ人にとっては、人種間の境界というものがいかに勝手独断なものなのか、しかしそれがいかに鋭く人々を分断し、どれだけ深く人を傷つけるものなのか、我々の歴史と体験が示している。

 9月初旬、私はブラジルに発ち、第13AWID国際フォーラムで発表をする予定だ。「身体の主体性と自由」がフォーラムの全体テーマのひとつだ。2000人近い世界中のフェミニスト活動家と学者たちが、私たちの身体を通して体験してきた私たちのアイデンティティと生の現実について、忌憚なく議論できることを楽しみにしている。身体は、フェミニスト達の闘いでも主要な戦場で在り続けている。私たちの存在と自由に大きな影響を与える、人間の身体の分類は様々多くのものが折り重なっている。

 分類とは確かに抑圧のツールだ。そしてもちろんそれは事実に基づくものではなく、権力を基盤にするものだ。アパルトヘイトという分類システムは、それを支えるのが怪しい生物学や怪しい道徳という事実からも、人種というのは社会的に構築されているもの、すなわち社会的な虚構だと気付かされる。我々が使っている体の性を分類するシステムも全く同じだ。身体は様々なものであるはずだが、確かに我々は男性の身体・女性の身体というものに固執している。ジェンダークィアが第三のカテゴリーとして男性女性以外の分類の代替案として認知されつつある一方、インターセックスの体を持つ人々は、身体の主体性の権利をいまだに否定されている。

 しかし、短絡的に「インターセックス」を第三の分類に当てはめるのは、支配と抑圧を追い求めるシステムを強化するだけだ。キャスター・セメンヤリオ五輪女子800Mで金メダルを獲得した時に、彼女の周りで巻き起こった頑固な偏見や虐待の嵐を目撃した時、私はまさしくこの思いを感じざるを得なかった。

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 2009年の世界陸上で彼女が金メダルを獲得してから、セメンヤの才能は世界規模での疑念の目に晒されることになった。他の女性たちとの競技を許すには、彼女があまりに男っぽすぎるかどうかというわけだ。ジェニファー・ドイルは、「彼女の体格や彼女のヘアスタイル、彼女の服の種類、彼女のセクシャリティ、つまり、彼女をその代表とする黒人女性の男っぽさやクィア(性的マイノリティ)性」を元に、おせっかいにも強引にクィアな側面を暴き出そうとする「安っぽいスリル」を、にわか専門家気取りたちがいかに楽しんだか論述している。

 彼女自身に何の検査か知らされることもなく(なのでもちろん同意もなしに)、女性として競技する「適格性」を検証しようという医学的な検査が、2009年彼女に行われた。そしてまた彼女の同意もなく、国際陸上競技連盟IAAF)は、このような検査が行われたことを一般に公表した。さらにIAAFは、セメンヤのテストステロンレベルが「平均的な」女性より高い「高アンドロゲン症」だと報告したのだ。

これに応じてIAAFは、生まれつきテストステロンレベルが高い女性が競技に出られない「高アンドロゲン規制」を設けたが、これは、短距離走者のデュティ・チャンドの訴えから2015年常設仲裁裁判所によって保留されることに。こうしてセメンヤは彼女の生まれ持ったホルモン量を変えること無くリオ五輪で競技できることになった。しかし次には、彼女と競技した選手やIAAF、国際五輪委員会は、セメンヤが競技に出るのを許可するべきかどうかという疑問を新たに出している。

 キャスター・セメンヤの性別(gender)に対する疑問。特に、彼女の性別を新たに設定しようとしたり、彼女の女性性に疑いを投げかけたりするような疑問は、無邪気さ・無謬さを装いながらも、抑圧の構造を強化する。「公平性」や「正当性」という問いが投げかけられる時、またもやセメンヤの女性性は、ほとんど常に彼女の黒人性と結び付けられているのだ。

 

ミソジノワールMisogynoir

 セメンヤへの中傷が、女性競技で彼女が競技する「問題」をほのめかす時、実はそのような議論は彼女をある特定の眼で見るように誘っている。それは、人種差別的な偏見の眼へと常につながっているのだ。リオ五輪女子800M6位だったリンゼイ・シャープは、競技後の涙ながらのインタヴューで、セメンヤや銀・銅メダリストのフランシーヌ・ニヨンサバとマーガレット・ワンブイと競技することが「どれだけつらいことか皆分かってくれるはず。(イタリックは筆者)」と述べた。5位のジョアンナ・ジョズウィックは、あのメダリストたちは「テストステロン値がとても高くて、男性に近い人達。なんでああいう顔・体なのか、どんな容姿なのか、どんなふうに走るのか、見れば分かるでしょ。(イタリックは筆者)」と主張した。

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 ジョズウィックは更に自分の言わんとしてることをはっきり明言している。「私は(競技のゴールラインを切った)最初のヨーロッパ人であること、1位の白人であることを嬉しく思ってます」と。つまり、あのメダリストたちは黒くて速く走った(けれども、レコードとして記録されるべきじゃない)と。ジョズウィックとシャープの「明らかな」問題はここにある。だって、女子800Mの世界記録保持者である白人女性のヤルミラ・クラトフビロバは、彼女の女性性を疑われるようなこんな目にはあっていないのだから。

 あのメダリストたちが女性の世界に住まう適格性を持っているかどうかという疑念を投げかける時、シャープとジョズウィックは、少なくとも植民地主義や大陸間奴隷売買と同じくらい古い人種差別的神話を披露している。黒人女性は、白人女性とは異なる身体的カテゴリーに属している。だから、彼女たちの身体は、白人男性よりもハードな肉体労働に適しているという神話を。

アフメド・オーリンカ・スールーは、「遺伝子の問題じゃないよ。バーカ」という記事で、ジャマイカ人のスプリンターたちの遺伝子を検査して追い求めようとする傾向と、実はそれに付随する人種差別的ニセ科学について検証している。彼はこのような傾向を、「黒人を動物的に見るステレオタイプの現代的な延長」と呼んだ。ベルリン五輪ジェシー・オーエンス(訳者注:ヒトラーが白人種の優越性を証明するためにと意気込んだベルリン五輪で、4つの金メダルを獲得した黒人男性陸上選手)が、アドルフ・ヒトラーを赤ら顔にさせた80年後、科学的人種差別は(セメンヤに対する科学的性差別と一緒になって)、その差別性の偏見・偏狭さを覆い隠し正当化するのに今でも用いられているのだ。

 かと思うと一方では、マイケル・フェルプスは、泳ぎの際に「彼の超適応型脚部が『実質上のヒレ』になっている」と指摘されているが、彼の「魚のような」身体が原因で、他の男性選手と競技する許可を出すべきではないと警告されたり告発されたりしたことはない。競泳選手のケイティ・レデッキーの1500Mフリースタイルの記録は、既に男性選手の記録の領域に入っていて、彼女のその優越性はセメンヤのそれよりもずっと大きいということをジェニファー・ドイルは指摘しているが、ケイティ選手の女性性が攻撃的に疑問視されたことはない。

 

#HandsOffCaster#キャスターから手を離せ)

体の性の不正確な分類に対する告発は、女性選手にのみにされ、かつ特に南側諸国出身の女性に限られがちだ。驚くべきことに、女性の身体に対するこの不公平な監視規制に対して、フェミニストたちが反対の声をほとんどあげていないということだ。これは恐らく、人種差別的な物の見方によって、このような女性たちの身体が既にクィア化されているということなのだろう。

ジョン・ブランチは、(2012年の)ロンドン五輪で、18歳から21歳の4人の女性選手、全員とも発展途上国の地方出身者が、生まれつきのテストステロンレベルを理由に一度競技参加を止められているとレポートしている。この女性は4人とも「女性化」手術を受けさせられることになった。セメンヤの場合は、「高レベル」のテストステロンが問題の焦点とされた。しかし男性の場合の平均より高いテストステロンレベルが検査の対象とされたことはないのだ。

オリンピックが近づくに連れて、セメンヤ選手への興味関心が再度起きつつあったことに合わせて、南アフリカソーシャルメディア#HandsOffCaster(キャスターから手を離せ)キャンペーンが始まった。女性選手に身体的な侵襲処置が行われることに対して、具体的に「手を離せ!」とした呼びかけは適切なものだった。セメンヤの極個人の私的な領域と身体的自律性は、過去既に十分に土足で侵害されている。だから、#HandsOffCasterキャンペーンは、強力な警告となった。「もう十分だ!医学検査なんてただの侵害だ。同意なしだったら2倍にひどい。その結果がメディアにリークされ勝手に公表されたとなったら、3倍ひどい」と。

2016年五輪の閉会式で、各国がそれぞれの国の代表旗手を、リオデジャネイロのマラカナスタジアムに送り出した。旗手は、その国の「競技の英雄」に選ばれた選手だ。キャスター・セメンヤは、彼女の国の英雄として、南アフリカの旗を掲げていた。しかし私はそれほど誇らしくは感じられなかった。

 南アフリカチームは、同じ五輪の金メダリスト、ウェイド・バン・ニーキルクを選ぶこともできたはずだ。だって彼は男子400Mの世界記録を破ったのだから。しかし、セメンヤが旗手に選ばれたのは、チームの統一と強さを示すため、オリンピックアリーナでのその時の彼女の存在は、むしろ彼女なんていないほうがいいと思ってる様々な偏見を持つ人達に挑むことを目的としたものになっていた。「同性愛者はアフリカ人にはいない」と誤解している人達や、体の性の構造(sex)と性別(gender)の誤った理解。彼女の完全に自然なホルモンのコンビネーションは、そういう偏見を持つ人達を黙らせることになる。セメンヤの南アフリカでの多岐にわたる人気は、美しいケーキの上にかけられる粉砂糖だった。

 象徴性というものは、その人の人生の真実を表すものでも、その人自身に意味のあるものでもない。しかし、この瞬間を持つことは重要だった。彼女が一つの象徴となることは、南アフリカはセメンヤの味方だと伝えるだけでなく、彼女を自分たちの英雄として賞賛しようということを伝えることになったからだ。セメンヤは、彼女の生まれた人生を生き、自分がどうしたいかを自分で選び、誰に憚ることもなく愛し愛され、他の選手達と世界の舞台で自由に競技できるということが、南アフリカに住む私たちの望みなのだと。

 キャスター・セメンヤの勝利と、南アフリカ人がオリンピックの舞台に立ったこと、それはまるで私も同じ舞台に立てたように感じられた。さあ、このことをAWIDの舞台で皆に伝えよう、「フェミニストの未来」についてこのことを話そうと。自分の身体をあらゆる表象の中で取り戻す私たちの旅。女性とはこういうものだという抑圧的で狭量なシステムに収まることを拒否すること。それは、自由への不可欠なステップなのだ。AWIDのプログラムは、包括的でインターセクショナル(訳者注:様々な文化的社会的文脈を無視しないという意味)であることが約束されている。「人権と公正のために皆の力を結集しよう」。どうか、このページをご覧ください。

Ché Ramsden will be writing daily for 50.50 from this week's AWID Forum Feminist Futures: Building Collective Power for Rights and Justice, 8-11 September, Bahia, Brazil. openDemocracy 50.50 will be reporting daily from the Forum