nexdsd JAPAN 性分化疾患情報サイト

体の性の様々な発達(性分化疾患)に関する情報を発信します。

性分化疾患を持つふたりの娘さんを育てたアーリーンさんへのインタビュー


より詳しくは、DSD(性分化疾患)を持つ子どもと家族のための情報サイト、ネクスDSDジャパンをご覧ください。


 今回は、性分化疾患を持つふたりの姉妹を育てられた、医師でありかつ母親のアーリーンさんへのインタビューの日本語訳をお送りします。

 お医者さんでもあるアーリーンさんですが、医師よりも「親としての直観を信じたほうがいい時もある」とおっしゃっているのは、実際に子どもたちを育ててこられた母親としての経験があるからでしょう。お医者さんは大切ですが、お医者さんが知っているのはお子さんの「体」のことだけであり、お子さんの存在全てを知っているわけではありません。親としていかにお子さんを支えていくのか、育てていくのか、それができるのは、親御さんだけなのです。(もちろん、まわりからのサポートも大切です。)

 性分化疾患には様々な状態がありますが、サポートグループの運営者として、性分化疾患全般に言えること、大事なこともお話されていますので、ぜひ目を通していただければと思います


 男の子ですか?女の子ですか?もし皆さんの赤ちゃんが発達不全外性器を持って生まれたら、お医者さんはすぐには答えられないでしょう。そのような状態は、現在では「hermaphrodite(男でも女でもない性別:半陰陽)」という言葉は使われておらず、「性分化疾患DSD)」と言われています。性分化疾患を持つ子どもは、他の人とは少し違った性染色体、あるいは他の人とは少し違った性腺(卵巣や精巣)、あるいは通常とは異なる発達をした外性器を持っており、2,000人に1人の割合で生まれてきます。


 アーリーンさんは、医師であり、性分化疾患を持つ人々の支援者であり、そして完全型アンドロゲン不応症(XY染色体と精巣を持っていながら、男性ホルモンに反応しないため、女の子として育つ状態:CAIS)を持って生まれ育った二人の娘さんの母親でもあります。AIS/DSD両親のためのサポートグループとの共同活動として、アーリーンさんは娘さんと一緒にオプラショー*1に出演され、娘さんは性分化疾患の状態で育つこと、自分の性器のことも話されました。


 彼女はまた、インフォームドチョイス・アドボケイトの理事会に対して、家族として医師としてアドバイスをする立場でもあります。(インフォームドチョイス・アドボケイトは性分化疾患を持つ子どものための法律面からの支援を提供しています)。また、アコード・アライアンスでは、グループ関係者の委員長もされています。アーリーンさんには、性分化疾患を持つ二人の子どもを育てる上での、男の子か女の子かがはっきりしていく過程や、子どもが自分自身のからだを受け入れていくにはどうすればいいかなど、さまざまなことをお話していただきました。 ――インタビュアー ミーガン・プレイチャ


――娘さんがお生まれになったときには、性分化疾患のことはどれくらいご存知だったんですか?


 医学生のときに、いわゆる「intersexの状態」についての講義は受けていましたし、AIS(アンドロゲン不応症)について学んだことも覚えています。ですが、娘たちが生まれた時は、この子たちのAISについては分かりませんでした。分かったのは、姉の方が6歳でヘルニアの手術を受けたときです。幸運なことだったのですが、その時の小児外科の先生がすばらしい人で、ヘルニアの中に精巣があるかどうかをちゃんと調べて見つけられたんです。鼠径部のヘルニアを持つ女の子の約1%は、AISを原因とするものです。そしてその要因は家族にも流れていますので、妹も検査を受けるようおっしゃったんです。姉妹ともAISだと分かったのは、妹が4歳、姉が6歳のときです。


――あああ。お医者さんの反応はどうでした?アドバイスはありましたか?


 ええ。担当の専門医は実際すばらしい人でした。医大の小児内分泌学の専門の先生で、とてもサポーティブで支えになってくれました。娘たちは健康で完全な女性ですとおっしゃっていただきました。ただ、娘たちが大人になったときにはどういうことが起きるのか、それについてはあまりご存知ではありませんでしたので、私は将来のことがずっと心配で、同じような状況を体験してきた人に会ってみたいと思っていたんですが、紹介はしてもらえませんでした。それはとても孤独でつらい状況でした。


――アーリーンさんが体験されたことは、お子さんが診断を受けた他の親御さんにも言えることだとお考えですか?


 はい。私はAIS/DSD親のためのサポートグループという150家族が参加するグループのメンバーですが、ご両親の大多数が、このグループに参加するまで、同じ状況にある他の人と会うことも話すこともありませんでした。


――娘さんお二人に性分化疾患のことをお話されたのはいつですか?診断されてからすぐに?どんなふうに話されたのですか?


 ふたりにはすぐに話をはじめました。娘たちには肯定的に受け止めてもらいたかったんです。養子をもらうことを選択すれば、家族を持てるという期待も持ってもらいたいと思いましたので、さまざまな形の家族のいいところを中心に、自分自身を良しと思えるようがんばってきました。


――小さなお子さんに自分のからだのことをどんなふうに説明していかれたのでしょうか?


 まだ歩き始めの小さな子どもはたくさんの質問をしてくるものですが、違いというものも受け入れていきます。もし子どもが「私の大事なところって、他の人となんで違うの?」と聞いてきたら、「うん、中にはね、他の人と見た目が違う大事なところを持っている人もいるのよ」と言ってあげれば、子どもたちはそれを受け入れます。ただまだこの時期の子どもはとても具体的なことしか考えられませんので、この時点では細々した説明は必要ありません。 自分の性器などのことを変だと思っても、子どもはそれを受け止めていけます。最初からくどくど話すのではなく、必要に応じて少しずつ話していくのが大切です。そうすれば、子どもたちは幼稚園に入るまでには、自分の自己アイデンティティを成長させていけます。それとこの年代では、性別アイデンティティ性自認)も発達していきます。それに両親を自分のロールモデル*2にしていくことでしょう。子どもたちへの話は、ちゃんと事実に即したことを話すことが大切です。そして「こういう人もいれば、ああいう人もいる。みんないろいろなの。さ、夕ごはん食べよ」と言ってあげてください。


――少し話が変わりますが、性分化疾患を持つ子どものご両親に一番大事なアドバイスはどんなことだと思いますか?ご両親が守るべき一番大事なことは?


 ただただ、子どもを愛してあげてください。それとオープンに話せるようにしていってください。もし家族がオープンな雰囲気を持っていてお子さんのことを受け止めていけば、お子さんのこれからの人生はしっかりとしたものになっていきます。お子さんも成長すれば、自分は受け入れられているんだ、性分化疾患を持っていることなんてそれほどたいしたことじゃないんだ、それはそれで良いと、いつか分かってくれるでしょう。もうひとつ。お子さんの支え役になってあげてください。どうすればいいのか親の直観を生かしてください。お医者さんは必ずしもこの分野の経験をたくさん持っているとは限りませんし、ご両親のほうが医療従事者よりも大事なことを知っていることなんて沢山あるのですから。


――性分化疾患性自認や性指向*3と関係があるのですか?


 みなさんそこに注目したがりますし、ご両親にとっても大きな関心事にもなりますね。けれども実際は、性分化疾患のことと、性自認・性指向とは関係がありません。医学的・身体的なこととは関係なく、自分のことを男でも女でもないと感じる人はいますが、ほとんどいらっしゃいません。性分化疾患を持った赤ちゃんや子どもはみな、男の子か女の子か性別判定を受けています。判定は、子どもが将来成長して感じる性自認を、両親と医療チームが考えて行われます。大多数のケースで、よく考えられた性別判定なら正しいものになります。もちろん性別変更するお子さんもいらっしゃいますが、極めて少数です。


――性別判定はどのように行われるのですか?


 ちゃんと考慮せねばならないのは、外性器の外観と、子どもが持っている性腺は何か、その性腺はどの種類のホルモンを生成するかということです。CAISを持つ女の子は、染色体がXYで精巣を持っていても、女の子です。他の何者でもありません。胎児の脳が男性ホルモンに暴露されると、ある種の脳の男性化がありうることはご存知だと思います*4。そのことをお聞きになりたいんですよね。男の子を女の子にすることはできません。でもつい最近まで、そういう間違いが繰り返されていたんです。染色体がXYで、小さなペニスと精巣を持つ男の子を医者が見て、「このペニスでは、小さすぎてちゃんとしたインターコースができない。だからこの子は男の子じゃない」と言って、外科手術で膣を作って精巣を切除して女性ホルモンを投与する。もちろんその子どもたちは必ずしも自分を女の子だと思うとは限りません。ですので、この劇薬みたいな「治療」を施した後、子どもには何をしたか絶対言わないように両親は言われていたんです。そうして、大きくなって、何か絶対おかしい、自分の身体なのに自分の身体じゃない感じがする子どもたちがたくさん出てくることになっていたのです。


――その当時、ペニスの長さを測るのに”ペニス定規”を使って、ある長さ以上なら男の子、ある長さ以下なら女の子ということにされていたんですね。*5


 そうです。本当にあったことです。


――性分化疾患について人々が論じる時によくある間違いにはどのようなものがありますか?


 そういう人たちは、性分化疾患を持った子どもたちはトランスセクシャルトランスジェンダーだと思ってらっしゃるでしょうね(トランスジェンダートランスセクシャルの人たちが、誤った性別で育った人のことです)。全然そうじゃない場合がほとんどなのに、みなさん、性分化疾患のことをジェンダーの問題にしたがるのです。そのような状況自体が、実は私たちが問題としていることです。ただいろいろな男性がいる、いろいろな女性がいるというだけの問題に過ぎないのですが。


――なるほど。オプラショーはいかがでしたか?


 ああ!彼女はとても素晴らしかったです。とても親切な方でした。オプラは私たちの文化の最高の女性祭司のような存在でしょうね。オプラがOKと言えば、みんなOKになるんですから。「見てください。私たちはこの人たちについて考え、受け入れていかなきゃいけません」と彼女が言えば、たくさんの人たちが目を開くんです。私達のグループに参加されている性分化疾患を持つ子どもの親御さんたちは、いつもお子さんのプライバシーを心配され、子どもを守りたいと思ってらっしゃいます。今回の番組はアメリカ中の何百万人という人が見ました。TVを見る人たちには、性分化疾患を持つ青年たちを本当に理解、性分化疾患を持つ子どもたちも皆と同じ素晴らしい子どもなんだと理解してもらえ、親御さんたちも重荷から解放されたとおっしゃっています。
   

*1:訳者注:米国の有名なトーク番組。司会者のオプラ・ウィンフリーは、日本で言えば社会派の黒柳徹子のような存在です。

*2:訳者注:「お手本」のこと

*3:訳者注:「性自認」とは自分のことを「男性である」「女性である」と認識すること、「性指向」は男性を好きになるか女性を好きになるか両方を好きになるかということを指します。ここでは、性同一性障害の方のように育ちの性別と異なる性自認を持つようになることや、同性愛・両性愛の方との違いを意味しています

*4:訳者注:現在では、胎児期のアンドロゲン暴露は男の子のような活動性を促すことはあっても、性自認にはほとんど影響しないことが分かっています。

*5:訳者注:欧米では1950年代からつい最近まで、一見見ただけではすぐに性別がわからない外性器を持って生まれた子どもたちについては、ペニスの長さを基準に(2.5センチ未満なら女の子にする)男の子、女の子の振り分けが行われ、女の子とされた子どもはペニスを去勢され、精巣を切除、女性ホルモン治療を行うという「治療」がなされてきました。もちろん、多くの子どもが被害に会うことになり、このようなずさんでいい加減な「治療」への批判として、「ペニス定規(phallometer)」という言い方がなされました。

「身体の分類。自由の否定。」DSDsとスポーツ

身体の分類。自由の否定。Ché Ramsden 5 September 2016

 

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「セメンヤの性別(gender)を殊更に疑うこと。それは彼女の性別を再分類しようとし、彼女の女性性に疑いをかけるような行為だ。それは結局抑圧の構造を強めるだけなのだ。」

 

体の性の構造から人種まで、分類というものは抑圧の道具となっている。この記事では、特にキャスター・セメンヤに対して向けられた虐待的な仕打ちを検証し、今週のAWID発展途上国の女性の権利協会)国際フォーラムのテーマ「身体的主体性と自由」の更に先を見ていきたい。

10代前半の頃、クリスマスに私は祖母と一緒に、彼女のまだ生きていた母方いとこみんなに箱入りのビスケットを届ける手伝いをしていた。私達の親戚関係はとても広かったが、とても親密な関係だった。なので、最後のビスケットの箱を渡す叔母の名前を自分が知らないことに私は驚いた。「ドーンって誰?」

「イブリンおばさんの娘さんよ」。叔母のイブリンは私の曾祖母の妹。私の家のダイニングルームにおいてある古い家族写真には、赤ちゃんの頃のイブリンが写っていた。

「イブリンおばちゃんに娘さんがいるなんて知らなかった」

「イブリンが結婚した相手は白人だったの。だから他の家族のこと、知らないんだろうね」。

それからの20年間。私は南アフリカのあちこちで起きている話を聞き続けた。アパルトヘイトという分断で引き裂かれた家族たちの物語を。イブリンおばさんは大人になっての人生大半を「パスした」のだ。彼女は白人地区に居住し、周りの白人社会や子どもたちには、自分の出身を隠してきたのだ。一方、彼女の他の親戚たちは「有色人種」に分類された。おばさんは見てきたのだ。彼女の黒人の妹達がアパルトヘイト下で受けてきた仕打ちを。強制移住というトラウマ的な体験も。私は想像する。イブリンが感じただろう感情を。自分も「見つけられるのではないか」という恐怖の感情を。

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 見た目で肌が白い方だった私の曾祖母も「白人との結婚」を勧められたが、彼女が恋に落ちたのは、肌が黒い今の夫だった。ふたりの上の娘さんは母親と同じ顔の色だったが、私の祖母とその父親は、白人の親戚のところには立ち寄らないようにしていた。イブリンおばさんとその夫を白人社会の中で「困らせない」ためだ。ドーンは15歳になるまで知らなかったのだ。私達のビスケットの箱を受け取る人全員の存在を自分が知らないということを。

小さな私の世界はひっくり返った。ドーンの家に着いて、自分の新しい年老いた白いおばさんにビスケットの箱を手渡す時も、なんだかぎこちない沈黙の中でだった。家に帰る途中、私は更にイブリンの家族の現実を知ることになる。「でも…、おばさんの子どもは何も聞かなかったの?自分におばさんやいとこがいるって知ってたら、おばあちゃんのお父さんやおばあちゃんのこと心配じゃなかったの?おばさんやみんなは、他のみんながどこに住んでるか知らなかったの?」

「多分…、おばさんの母親は、私たちを家族だとはあまり思ってなかっただけなんだよ…」。でも、彼女は私たちの家族なのだ。そして、おばあちゃんは一言だけ言った。「アパルトヘイトなんて気違いじみてる」。


分類

 私がこの話をしているのは、分類というものが意味のないものであり、同時にかつ意味のあるものだということを描くためだ。「えんぴつ検査」が政治的ツールとして合法化されているのを見れば、分類というものに、奇妙で現実的じゃないものがあることに気づくだろう。多くの南アフリカ人にとっては、人種間の境界というものがいかに勝手独断なものなのか、しかしそれがいかに鋭く人々を分断し、どれだけ深く人を傷つけるものなのか、我々の歴史と体験が示している。

 9月初旬、私はブラジルに発ち、第13AWID国際フォーラムで発表をする予定だ。「身体の主体性と自由」がフォーラムの全体テーマのひとつだ。2000人近い世界中のフェミニスト活動家と学者たちが、私たちの身体を通して体験してきた私たちのアイデンティティと生の現実について、忌憚なく議論できることを楽しみにしている。身体は、フェミニスト達の闘いでも主要な戦場で在り続けている。私たちの存在と自由に大きな影響を与える、人間の身体の分類は様々多くのものが折り重なっている。

 分類とは確かに抑圧のツールだ。そしてもちろんそれは事実に基づくものではなく、権力を基盤にするものだ。アパルトヘイトという分類システムは、それを支えるのが怪しい生物学や怪しい道徳という事実からも、人種というのは社会的に構築されているもの、すなわち社会的な虚構だと気付かされる。我々が使っている体の性を分類するシステムも全く同じだ。身体は様々なものであるはずだが、確かに我々は男性の身体・女性の身体というものに固執している。ジェンダークィアが第三のカテゴリーとして男性女性以外の分類の代替案として認知されつつある一方、インターセックスの体を持つ人々は、身体の主体性の権利をいまだに否定されている。

 しかし、短絡的に「インターセックス」を第三の分類に当てはめるのは、支配と抑圧を追い求めるシステムを強化するだけだ。キャスター・セメンヤリオ五輪女子800Mで金メダルを獲得した時に、彼女の周りで巻き起こった頑固な偏見や虐待の嵐を目撃した時、私はまさしくこの思いを感じざるを得なかった。

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 2009年の世界陸上で彼女が金メダルを獲得してから、セメンヤの才能は世界規模での疑念の目に晒されることになった。他の女性たちとの競技を許すには、彼女があまりに男っぽすぎるかどうかというわけだ。ジェニファー・ドイルは、「彼女の体格や彼女のヘアスタイル、彼女の服の種類、彼女のセクシャリティ、つまり、彼女をその代表とする黒人女性の男っぽさやクィア(性的マイノリティ)性」を元に、おせっかいにも強引にクィアな側面を暴き出そうとする「安っぽいスリル」を、にわか専門家気取りたちがいかに楽しんだか論述している。

 彼女自身に何の検査か知らされることもなく(なのでもちろん同意もなしに)、女性として競技する「適格性」を検証しようという医学的な検査が、2009年彼女に行われた。そしてまた彼女の同意もなく、国際陸上競技連盟IAAF)は、このような検査が行われたことを一般に公表した。さらにIAAFは、セメンヤのテストステロンレベルが「平均的な」女性より高い「高アンドロゲン症」だと報告したのだ。

これに応じてIAAFは、生まれつきテストステロンレベルが高い女性が競技に出られない「高アンドロゲン規制」を設けたが、これは、短距離走者のデュティ・チャンドの訴えから2015年常設仲裁裁判所によって保留されることに。こうしてセメンヤは彼女の生まれ持ったホルモン量を変えること無くリオ五輪で競技できることになった。しかし次には、彼女と競技した選手やIAAF、国際五輪委員会は、セメンヤが競技に出るのを許可するべきかどうかという疑問を新たに出している。

 キャスター・セメンヤの性別(gender)に対する疑問。特に、彼女の性別を新たに設定しようとしたり、彼女の女性性に疑いを投げかけたりするような疑問は、無邪気さ・無謬さを装いながらも、抑圧の構造を強化する。「公平性」や「正当性」という問いが投げかけられる時、またもやセメンヤの女性性は、ほとんど常に彼女の黒人性と結び付けられているのだ。

 

ミソジノワールMisogynoir

 セメンヤへの中傷が、女性競技で彼女が競技する「問題」をほのめかす時、実はそのような議論は彼女をある特定の眼で見るように誘っている。それは、人種差別的な偏見の眼へと常につながっているのだ。リオ五輪女子800M6位だったリンゼイ・シャープは、競技後の涙ながらのインタヴューで、セメンヤや銀・銅メダリストのフランシーヌ・ニヨンサバとマーガレット・ワンブイと競技することが「どれだけつらいことか皆分かってくれるはず。(イタリックは筆者)」と述べた。5位のジョアンナ・ジョズウィックは、あのメダリストたちは「テストステロン値がとても高くて、男性に近い人達。なんでああいう顔・体なのか、どんな容姿なのか、どんなふうに走るのか、見れば分かるでしょ。(イタリックは筆者)」と主張した。

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 ジョズウィックは更に自分の言わんとしてることをはっきり明言している。「私は(競技のゴールラインを切った)最初のヨーロッパ人であること、1位の白人であることを嬉しく思ってます」と。つまり、あのメダリストたちは黒くて速く走った(けれども、レコードとして記録されるべきじゃない)と。ジョズウィックとシャープの「明らかな」問題はここにある。だって、女子800Mの世界記録保持者である白人女性のヤルミラ・クラトフビロバは、彼女の女性性を疑われるようなこんな目にはあっていないのだから。

 あのメダリストたちが女性の世界に住まう適格性を持っているかどうかという疑念を投げかける時、シャープとジョズウィックは、少なくとも植民地主義や大陸間奴隷売買と同じくらい古い人種差別的神話を披露している。黒人女性は、白人女性とは異なる身体的カテゴリーに属している。だから、彼女たちの身体は、白人男性よりもハードな肉体労働に適しているという神話を。

アフメド・オーリンカ・スールーは、「遺伝子の問題じゃないよ。バーカ」という記事で、ジャマイカ人のスプリンターたちの遺伝子を検査して追い求めようとする傾向と、実はそれに付随する人種差別的ニセ科学について検証している。彼はこのような傾向を、「黒人を動物的に見るステレオタイプの現代的な延長」と呼んだ。ベルリン五輪ジェシー・オーエンス(訳者注:ヒトラーが白人種の優越性を証明するためにと意気込んだベルリン五輪で、4つの金メダルを獲得した黒人男性陸上選手)が、アドルフ・ヒトラーを赤ら顔にさせた80年後、科学的人種差別は(セメンヤに対する科学的性差別と一緒になって)、その差別性の偏見・偏狭さを覆い隠し正当化するのに今でも用いられているのだ。

 かと思うと一方では、マイケル・フェルプスは、泳ぎの際に「彼の超適応型脚部が『実質上のヒレ』になっている」と指摘されているが、彼の「魚のような」身体が原因で、他の男性選手と競技する許可を出すべきではないと警告されたり告発されたりしたことはない。競泳選手のケイティ・レデッキーの1500Mフリースタイルの記録は、既に男性選手の記録の領域に入っていて、彼女のその優越性はセメンヤのそれよりもずっと大きいということをジェニファー・ドイルは指摘しているが、ケイティ選手の女性性が攻撃的に疑問視されたことはない。

 

#HandsOffCaster#キャスターから手を離せ)

体の性の不正確な分類に対する告発は、女性選手にのみにされ、かつ特に南側諸国出身の女性に限られがちだ。驚くべきことに、女性の身体に対するこの不公平な監視規制に対して、フェミニストたちが反対の声をほとんどあげていないということだ。これは恐らく、人種差別的な物の見方によって、このような女性たちの身体が既にクィア化されているということなのだろう。

ジョン・ブランチは、(2012年の)ロンドン五輪で、18歳から21歳の4人の女性選手、全員とも発展途上国の地方出身者が、生まれつきのテストステロンレベルを理由に一度競技参加を止められているとレポートしている。この女性は4人とも「女性化」手術を受けさせられることになった。セメンヤの場合は、「高レベル」のテストステロンが問題の焦点とされた。しかし男性の場合の平均より高いテストステロンレベルが検査の対象とされたことはないのだ。

オリンピックが近づくに連れて、セメンヤ選手への興味関心が再度起きつつあったことに合わせて、南アフリカソーシャルメディア#HandsOffCaster(キャスターから手を離せ)キャンペーンが始まった。女性選手に身体的な侵襲処置が行われることに対して、具体的に「手を離せ!」とした呼びかけは適切なものだった。セメンヤの極個人の私的な領域と身体的自律性は、過去既に十分に土足で侵害されている。だから、#HandsOffCasterキャンペーンは、強力な警告となった。「もう十分だ!医学検査なんてただの侵害だ。同意なしだったら2倍にひどい。その結果がメディアにリークされ勝手に公表されたとなったら、3倍ひどい」と。

2016年五輪の閉会式で、各国がそれぞれの国の代表旗手を、リオデジャネイロのマラカナスタジアムに送り出した。旗手は、その国の「競技の英雄」に選ばれた選手だ。キャスター・セメンヤは、彼女の国の英雄として、南アフリカの旗を掲げていた。しかし私はそれほど誇らしくは感じられなかった。

 南アフリカチームは、同じ五輪の金メダリスト、ウェイド・バン・ニーキルクを選ぶこともできたはずだ。だって彼は男子400Mの世界記録を破ったのだから。しかし、セメンヤが旗手に選ばれたのは、チームの統一と強さを示すため、オリンピックアリーナでのその時の彼女の存在は、むしろ彼女なんていないほうがいいと思ってる様々な偏見を持つ人達に挑むことを目的としたものになっていた。「同性愛者はアフリカ人にはいない」と誤解している人達や、体の性の構造(sex)と性別(gender)の誤った理解。彼女の完全に自然なホルモンのコンビネーションは、そういう偏見を持つ人達を黙らせることになる。セメンヤの南アフリカでの多岐にわたる人気は、美しいケーキの上にかけられる粉砂糖だった。

 象徴性というものは、その人の人生の真実を表すものでも、その人自身に意味のあるものでもない。しかし、この瞬間を持つことは重要だった。彼女が一つの象徴となることは、南アフリカはセメンヤの味方だと伝えるだけでなく、彼女を自分たちの英雄として賞賛しようということを伝えることになったからだ。セメンヤは、彼女の生まれた人生を生き、自分がどうしたいかを自分で選び、誰に憚ることもなく愛し愛され、他の選手達と世界の舞台で自由に競技できるということが、南アフリカに住む私たちの望みなのだと。

 キャスター・セメンヤの勝利と、南アフリカ人がオリンピックの舞台に立ったこと、それはまるで私も同じ舞台に立てたように感じられた。さあ、このことをAWIDの舞台で皆に伝えよう、「フェミニストの未来」についてこのことを話そうと。自分の身体をあらゆる表象の中で取り戻す私たちの旅。女性とはこういうものだという抑圧的で狭量なシステムに収まることを拒否すること。それは、自由への不可欠なステップなのだ。AWIDのプログラムは、包括的でインターセクショナル(訳者注:様々な文化的社会的文脈を無視しないという意味)であることが約束されている。「人権と公正のために皆の力を結集しよう」。どうか、このページをご覧ください。

Ché Ramsden will be writing daily for 50.50 from this week's AWID Forum Feminist Futures: Building Collective Power for Rights and Justice, 8-11 September, Bahia, Brazil. openDemocracy 50.50 will be reporting daily from the Forum

 

「キャスター・セメンヤの話は,公平性の話なんかじゃない」DSDsとスポーツ

 

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(当事者家族の方には読むのが辛くなるかもしれない描写があります。お気持ちの落ち着いているときにご参照ください)

 

  ロンドン世界陸上2017も中盤にさしかかり、競技が連日繰り返されています。そして、「性別疑惑」という汚名を着せられた、南アフリカの女性中距離選手、キャスター・セメンヤさんも、既に女子1500Mで3位入賞,8月11日(金)からの女子陸上800Mに出場予定です。

 恐らくですが、また日本でも心ない報道や、いろいろな人のいろいろな「意見」が交わされ、センセーショナルな喧騒が勃発し瞬く間にまた消えていくことでしょう。

 そしてそれが、セメンヤさん自身にどう体験されているか考える人はまた少ないままに。

 ネクスDSDジャパンでも,昨年のリオ五輪に合わせて特設ページを作りました。長年DSDsを持つ子どもたち・人々と家族の皆さんの支援を行っている、スタンフォード大学生命倫理学センターシニア研究員の文化人類学者・生命倫理学者カトリーナ・カルカジスさんのエッセイの翻訳です。彼女は、前回の五輪出場に関してセメンヤさんと同じく「性別疑惑」の汚名を着せられ、IOCの「高アンドロゲン症」規制により、出場資格を失いかけたインドの女子短距離選手デュティ・チャンドさんの弁護に立ち、五輪出場資格を勝ち取りもしました。ぜひ、読んでいただければと思います。

www.nexdsd.com

 このブログでは,キャスター・セメンヤさんの身に起きたことを更に理解いただくために,欧米のスポーツメディア「Deadspin」に昨年掲載された記事「The Debate About Caster Semenya Isn't About Faireness」の翻訳をご紹介します。

deadspin.com

キャスター・セメンヤの話は,公平性の話なんかじゃない。

 私を女性たらしめているものは正確には何なのだろうか?私の乳房?もしそうだとしたら、サイズも関係してくるのだろうか?子宮があるから?でも、私は子どもを作ろうとしたことがないので、ちゃんと自分の子宮がはたらいているかどうか私には分からない。これも問題になるのだろうか?あるいは、XX染色体やテストステロンレベルも問題になるのか?私は自分の染色体やテストステロンレベルがどうなってるか知らない。だって単純に、わざわざそんなことを検査するような医学的理由もなかったから。私が女性であることを証明しろと言われたら、多分私はこう答えるだろう。「だってみんな、私が女性だって言ってるから」。

 私がまたこんな思考実験をしたのは、今週キャスター・セメンヤ800M走で競技していたからだ。セメンヤはずっと、彼女は女性だと言われていた。そう言われなくなるまでは。

 南アフリカのこのランナーに起きたことを全て要約するのはちょっと簡単じゃない。彼女は、2009年の世界陸上800Mの競技を走り抜け、そして直後に彼女の体の性の構造(sex)や性別(gender)への憶測や疑いが一挙に吹き荒れた。オーストラリアの新聞が、匿名の関係者の証言として、検査でセメンヤには精巣があり、子宮がなく、テストステロンレベルが「普通の」女性よりも高かったと暴露した。後に世界陸上競技連盟がこれを追認し、「性別検証検査」を指示し、イギリスのブックメーカーその結果を賭けの対象にした。ただ、セメンヤの身体についての暴露の大部分は、オーストラリアのデイリー・テレグラフによるものであった。

 その1年多くのメディアが記事を書き立てた。セメンヤ自身は、2010年にニューヨーク・タイムズで、彼女は自分の身体についての医学的結果を何ら報告されていないと語った。リポーターたちは彼女をインターセックスと呼びつけた。しかし私は、セメンヤ自身が自分をインターセックスだと言ったというリポートをひとつも見つけられなかった。そして彼女は、彼女をニュースの売りモノにされてしまうことも、彼女をインターセックス選手と呼ぶ記事も止めることはできていない。このような記事のヘッドライン(「世界は黒人のクィアLGBTQ等の性的マイノリティのこと)でインターセックスの選手を受け入れる準備はあるか?」)もあった。しかしセメンヤは自分をクィアだとも語ってもいない。彼女の人生は、ますます彼女のものではなくなっていった。セメンヤの身体は、リポーターたちが必要とするモノだったらどんなモノにもなっていった。ケイト・ファーガンがTwitterで語ったとおりに。「セメンヤは女性だって分かるわ。だってみんなして彼女の身体を自分のモノにしようとしてるから」

 メディアという自動機械とは別に、IAAFは、セメンヤの物語に、新しいガイドラインで答えた。「高アンドロゲン症」という言葉をスポーツ界に持ちこんでくることで。しかしそもそも、疑問に対する「合理的な基盤」があれば、旗を振ってアスリートの走りを途中で止め、彼女のテストステロン値を測るということになるのだろうか?(ただ実際、「合理的基盤」ということ自体が疑わしい。だって誰がそうだと定義できるのか?一方的に叩かれて動揺している競技者自身はその定義の場にいられたのか?)。もしテストステロン値が高ければ、彼女は不公平に有利だと見なすということになるのだろうか?ウェブマガジン「Slate」のダニエル・エングバーはこう述べている。「彼らはむしろ、ドーピングのテストをするというのと同じ文脈で、アスリートの女性性をテストしようとしたのだ」と。彼らが測定しているのは女性性ではなく、公平性の問題なのだというわけだ。

 しかしもしあなたが、ひとりの女性が「旗を振られて走りを止められ」、テストを受けさせられたひとりの女性の体験そのものを読めば、「これは公平性の問題なんです」という議論に乗るのは難しくなるはずだ。

 もしセメンヤのようなアスリートが最初のホルモンスクリーニングに引っかかると、テストステロンが有利になるほど「はたらいているか」、さらに詳細に調べることになる。医師たちはどうやってそれを調べるか?まず彼らは彼女の細胞のレセプターがどれくらいテストステロンに反応するかを調べるだろう。そしてそのレセプター異常で既に知られている遺伝子をスクリーニングする。彼女の声がどれくらいしわがれ声か測定し、彼女の陰毛と乳房の発育を物差しで図り、筋肉量を測定し、彼女の陰唇のサイズを図り、彼女の膣を触診し、彼女の肛門生殖器の長さを図る。別の言葉で言えば、彼らは、彼女が、彼女の「インターセックスの状態」によって、どれほど「男性化」しているか、どれほど「男になっているか」、測定しようとしているのだ。

 想像してみて。医師が、あなたの陰毛の長さを物差しで図り、あなたの膣が膣であるかどうかを、確かめようとしている場面を。あなたを女性として見なしていいかどうか測定している場面を。上の文章の科学的視線の冷たさをとりあえずも考慮したとしても、私はそんな処置の場面を考えるだけで身の毛が震え、胸が痛くなって苦しくなってくる。この一連の出来事というのは、男性によって支配されたグループによって作られた、男性が考えるところの十分な女性性というものでもって、女性を定義しようとする、もう古いはずのシステムとほとんど響きが違わない。

 競技に出るためには、女性はどうしても、彼らが考える「女性」であらねばならない。医学的専門家集団が記述する「女性」に。検査の結果が十分に満足できるものであるかどうか決めるのは彼らだ。

 こういったケースの場合、医学的専門家集団は、彼女が選手として競技できると認められるかどうかという基準で、彼女の体の状態を特定する。こういう体の状態だったら、主治医によって、彼女のアンドロゲンレベルを普通にする治療が行われる必要がある。こういうケースの場合だったら、医師集団との相談によって、特定の治療を進める勧告を受け入れるかどうかは、その選手が決めることだ。選手が女性競技に出続ける手段として治療を受けることにしたなら、競技に戻る前に、彼女のケースだったら、医学専門家集団の検査をもう一度受けるように。指定した体の状態になってるかどうかを確かめるために。IAAFは、その選手のモニタリングに責任を負うことになる。基準などは明らかにしないが、選手の検査を引き続き行い、体の状態が基準に保たれているかどうかコンプライアンスを明らかにするために。

 セメンヤ自身は自身が体験したことについて何も語っていない。しかしその後の彼女の経過や報道からは、彼女が何らかの科学的処置を受けただろうことが推測される。そして、インドの女性ランナー、デュティ・チャンドが、テストステロン規制に抗議し、スポーツ仲裁裁判所で勝訴を勝ち取って以来、この規制は一時保留されている。現在セメンヤは以前よりも記録を伸ばし、800Mの勝利を望んでいる。そしてまたこのことで、メディアは彼女の競技出場に目をつけだした。もっとも、多くの報道は、相変わらずの競技の公平性やテストステロンの値、そしてルールについての話ばかりになっているが。

 テストステロンが女性選手にどう影響するのか、大量の記事が溢れている。しかし実際テストステロン値基準というのはかなりいい加減なものだ。女性性の定義という、オリンピックで長く続く強迫観念。その不都合な事実を避け続けているだけなのだから。こういう強迫観念により、時に女性は裸で世界中をパレードされ、女性である証明書を得るために彼女たちの外性器が検査されるのだ。染色体を調べるための口腔粘膜検体採取が採用されることもあった。しかしこのシステムにも問題があった。オリンピックは1999年に染色体検査を止めているが、必要ならばと性別検査の権利は保ち続けている。

 つまり、多くの女性選手の最大で単一のステージであるオリンピックは、誰が女性なのか?という判断を今でもしているのだ。その基準は変化しても、そういう態度自体は変わらないままに。

 そしてスポーツレポーターたちは、この動きと踊り続ける方法を見つけた。セメンヤについての本当に多くのヘッドラインが、なぜ「公平性」という言葉を使っているのか?これが理由なのだ。スポーツ・イラストレイテッド「リオ五輪でキャスター・セメンヤが他の女性たちと競技するのは、公平と言えるのか?」と知りたがり、テレグラフ2016リオ五輪キャスター・セメンヤが競技するのは誰にとっても公平ではない」と書き立て、ガーディアンは彼女をして「時限爆弾」と呼びつけ、マルコム・グラッドウェルは「選手競技にはルールが必要だと人々は理解するべきだ。そうじゃなければ競技なんてありえない」と無遠慮にがなり立てた。

 どうですか、女性の皆さん。これが公平性というものです!これで競技場は平坦になります!ルールに従いましょう!ちょっと、女性の皆さん、どうか落ち着いて!私たちはただ、女性の皆さんのために、競技を公平にしようとしてるだけなんですよ!

 その中でも、スポーツ・イラストレイテッドは、このままでは女性競技というもの自体が難しくなると警告した。スポーツ界以外でも続いている性的暴力やハラスメント、女性選手への助成金不足ではなく、それこそが問題なのだと言わんばかりに。これは女性を守られるべき階級とし続けることなんだと、レポーターたちはこれからも繰り返していくのだろう。「守られるべき階級」とはつまり、差別されてはならない存在のことなのだという肝心なところは完全に無視したままで。セメンヤが女性であるには男っぽすぎるかどうか問うなどという異様な行為を続けるということ、そこでは彼女は差別されるべき存在だという、なんだかよく分からない権利を授けられているというわけなのだ。

 エリート選手というのはみんな遺伝子的に例外の存在のはずだ。しかし、そこに女性性というシニフィアンが絡むといきなり問題にされるのだ。何か一つの特徴だけで、その人の性別(gender)を定義することはできない。性別(gender)の流動性や表現、同一性が理解されつつある世界の中の、まさしく「様々な性の多様性」という名のもとに、セメンヤを女性から排除している状況だ。

 「お前は女性として十分と言えるのか?」というオリンピックスポーツでの残酷な問いはここまで来ている。今まで誰からも五輪選手に間違えられたことはないが、私は自分がセメンヤに強く共感していることに気づいている。私の人生はその全てが私の女性性によって定義づけられてきたと思う。私は自分の黒くて縮れた髪の毛を明るい金褐色のストレートにするのに数え切れない時間と何千ドルも費やしてきた。その方が男性に対して魅力的だと思ったからだ。会議では必ず頭の中で、機嫌悪くならないように行儀よくアサーティブにするよう気をつけてきた。門前払いで仕事を得られず、何故なんだと途方にくれていた時は、年配のジャーナリストに言われたものだ。「問題は君にペニスがないことだったんだろ」と。

 私の人生のあり方ずべて、私の女性性、その定義がいきなり自分自身から剥ぎ取られ奪われたら、私はどのように感じるだろう?私の存在は他の女性に対して不公平になるという理由で、女性だと言われ、女性として扱われ、女性だからだと差別を受けてきたすべての時間をいきなり拭い取られたら?こんなホラーみたいな体験、私は想像できない。でも、自分がどう言葉を返すかだけは分かっている。「私が女性じゃないなんて、どういう意味?みんな私を女性として扱ってるじゃない!」

 

www.afpbb.com

FACES & VOICESに、MRKHを持つ女性のポートレイトをアップしました!

 

ネクスDSDジャパンサイトの、DSDを持つ人々や子ども、家族のポートレイト集「FACES & VOICES」にMRKHを持つ女性ブリアナさんのポートレイトと声をアップしました!

MRKHを持つ女性のサポートグループ、Beautiful You MRKH Foundationが設立されて以来、MRKHを持つ女性の皆さんのムーヴメントがとても大きくなってきています。日本でもBeautiful Youの日本版ができるといいですね。

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ネクスDSDジャパン 「私のMRKHストーリー」

 私のMRKHストーリー(MRKH:性分化疾患) - YouTube

 

ネクスDSDジャパン動画サイト、「DSDを持つ人々のサポートムービー」に、MRKHを持つ女性クリスティンさんのセルフビデオ「私のMRKHストーリー」日本語字幕版をアップしました!MRKHについて自分が思うこと、悩んだことを、ですがコミカルにつづっていらっしゃいます。

クリスティンさんはアメリカのテレビ番組「ザ・ドクターズ」にも出演され、ご自身のことを話されています。

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The Doctors TV Show - Doctors Exclusive: Born Without a Birth Canal

 

 MRKH(メイヤー・ロキタンスキー・クスター・ハウザー症候群)とは、女性の性分化疾患のひとつです。MRKHは、主に思春期の無月経から、膣や子宮、卵管の一部もしくは全てが無い状態であることが判明します。女性にとっては、とても心痛められることが多い体の状態です。

性分化疾患とは、「染色体、生殖腺、もしくは解剖学的に性の発達が先天的に非定型的である状態」のことで、「男でも女でもない」「中性」「第3の性」や、性同一性障害トランスジェンダーの人々、性自認のことではありません。)

 

 

「性に関する体の発達とDSDについて」

 

DSD性分化疾患)を持つ子どもと家族のための情報サイト ネクスDSDジャパン」に、「性に関する体の発達とDSDについて」をアップしました。f:id:DSDhandbook:20140218141914p:plain

 

DSD性分化疾患)は現在特定されているだけでも約70種類以上あるとされています。これほど様々なDSDがあるのは、胎児期での性に関係する体の発達が実は非常に複雑なものだからです。様々なDSDを理解するには、この複雑な性に関係する体の発達(性分化)についての正確な知識が必須になります。

カナダ、トロントのこども病院では、この性分化とDSDについて分かりやすくヴィジュアルで解説するサイトが用意されています。現在、私たちネクスDSDジャパンと共同で、トロントこども病院のサイトにこのDSD解説の日本語版を開設する予定なのですが、一足早く日本でご覧いただけるようネクスDSDジャパンのサイトにアップしました。

DSDについて本当に理解したい方や医療従事者の方にもご利用いただける内容になっています。ぜひご覧いただければと思います。

 

「子どもについて」

「子どもについて」

  ここでご紹介する詩は、ハリール・ジブラーンによる「子どもについて」という詩です。ハリール・ジブラーンは1883年に生まれ、1931年に亡くなった詩人です。この詩は、彼の1923年出版の詩集「預言者」に収録されているものです。お子さんについて、少し物思いにふける時、一息つける時に読んでいただければと思います。*1

 

赤ん坊を抱いたひとりの女が言った。
どうぞ子どもたちの話をしてください。
それで彼は言った。
あなたがたの子どもたちは
あなたがたのものではない。
彼らは生命そのもの
あこがれの息子や娘である。
彼らはあなた方を通して生まれてくるけれども
あなたがたから生じたものではない。
彼らはあなたがたと共にあるけれども
あなたがたの所有物ではない。

あなたがたは彼らに愛情を与えうるが、
あなたがたの考えを与えることはできない。
なぜなら彼らは自分自身の考えを持っているから。
あなたがたは彼らのからだを宿すことはできるが、
彼らの魂を宿すことはできない。
なぜなら彼らの魂は明日の家に住んでおり、
あなたがたはその家を夢にさえ訪れられないから。
あなたがたは彼らのようになろうと努めうるが、
彼らに自分のようにならせようとしてはならない。
なぜなら生命(いのち)はうしろへ退くことはなく
いつまでも昨日のところに
うろうろ ぐずぐず してはいないのだ。
あなたがたは弓のようなもの、
その弓からあなたがたの子どもたちは
生きた矢のように射られて 前へ放たれる。
射るの者は永遠の道上に的をみさだめて
力一杯あなたがたの身をしなわせ
その矢が速く遠くとび行くように力をつくす。
射る者の手の中で身をしなわせられるのをよろこびなさい。
射る者は飛び行く矢を愛するのと同じように
じっとしている弓をも愛するのだから。

*1:訳者注:この詩は神谷美恵子による翻訳本が出ています。神谷美恵子さんは1979年に亡くなられた日本で著名な精神科医で、ハンセン病の患者の人たちと共に生き、「治す」ことよりも「生きる」ことについて、「生きがい」について哲学的な考えを深めて行きました。ここの翻訳は、神谷美恵子さんの翻訳に少しだけ手を加えたものをご紹介しています。この詩がハンドブックで紹介されている意味については、親御さんだけではなく、性分化疾患を持つ人や親御さんを支援したい、性分化疾患を持つ人について考えたいと思われる方も、よくお考えいただければと思います。

べヴ・ミルさんの思い

べヴ・ミルさんの思い

 15歳のとき、自分の子どもは持てないだろうことが分かりました。私は「子宮が変形していて膣が短く、結婚するときには膣を拡張せねばならない」。そう母と私は言われたのです。母はその日のこと、私の体の状態について話すことは全くありませんでした。真実を知ったのは44歳になってからです。完全型アンドロゲン不応症でした。母と私のあの時の心の傷を乗り越えていけるような情報が少しでもあれば、どれだけ良かったでしょう。こういうハンドブックがあれば、ちゃんと体の状態を理解して受け止めていくこともできたと思います。当時はこういうものがなくて、乗り越えて行くのに全人生をかけねばなりませんでした。

 

ティア・ヒルマンさんの思い

ティア・ヒルマンさんの思い 

 母に分かってもらいたかった。

 

あなた自身が持っている賢明さを。

 

あなたの持っている悲しみは、自分ひとりで背負いきれるものではないことを。

 

先天性副腎皮質過形成という「ギフト」は、私をアウトサイダーにもしたけど、同時にコミュニティオーガナイザーにもしたし、私をランナー、作家にもしたということを。

 

母には分かってもらいたかった。

 

お医者さんは全能じゃないってことを。

 

父がなんと言おうと、隠さず話し合っても、サポートを受けてもいいのだということを。

 

無理やり私を普通にしようとしても、そんなことで私は普通になんかならないことを。

 

母には分かってもらいたかった。

 

母がどれだけ動揺していたか私が分かっていたことを。それは自分のせいなんだと私が思っていたことを。

 

女の子でも少し毛が濃くなったって、別に変なことじゃないってことを。

 

他の子よりもセックスに興味を持ったって、別にいいってことを。

 

母には分かってもらいたかった。

 

お医者さんが体重管理をうるさく言うからって、子どもに無理なダイエットをさせても意味がないってことを。

 

私が自分に誇りが持てるように育てたいのなら、私が堂々と他の人との違いを受け止められるような自信を与えるべきだったということを。

 

どんなに恵また環境でも、人と違うってことは辛いことで、誰かの支えが必要なんだってことを。

 

母には分かってもらいたかった。

 

みんなが違いを受け止められる世界を実現させるには、世界のことよりまず私のことを、あなたとは違うひとりの人間だって受け入れなきゃいけないってことを。

 

私がインターセックスという言葉を使っているのは、私と同じ状況にある人に出会うためで、自分自身を振り返り、心の重荷を下ろすためなんだってことを。

 

分かってもらいたかった。

 

私に必要なのは居場所で、私をそのままに受け止めてくれる人、私のことを先生、リーダー、恋人だとちゃんと思ってくれる人がいるってことを。

 

私が私であることで、他の人に、心休まる港を、高すぎてひとりぼっちの木の上に皆が集まれる巣を作ることができるんだってことを。

 

あの時の母に分かってもらいたかった。

 

私の診断から30年。

 

その間にあなたは、私の父親じゃない他の男性に逃げてしまい、結局は別れて泣いて、それから私たちは少しずつ歩み寄れるようになるのだってことを。

 

そして自分たちのことを大丈夫だと思えるようになるのだってことを。

 

 

                           ティア・ヒルマン「母に分かってもらいたかったこと」



(画像左側がティア・ヒルマンさん、右側がお母様のフリーマ・ヒルマンさんです)

 

エスター・モリス・レイドルフさんの思い

性分化疾患を持って大人になった人々の思い・考え

エスター・モリス・レイドルフさんの思い


 私の治療に当たるときの私の両親の立場。今なら分かります。ふたりがどれだけ孤立していたか。誰かのサポートをとても必要としていたのに、それを得ることができなかったのだと。ずっと後にならないと分からなかったのですが、私のお母さんは影に日向に私のことを支えてくれていました。母は自力でそういう力を身につけていったのでしょう。私が一番強く記憶に残っているのは、ある夏、キャンプに向けての健康調査票で、「生理周期」を「普通」のところにチェックする母の姿です。母がそうすると言った時、私は激しく怒りを感じていましたが、今では母がそうした、その思いも理解できます。母にこのことについて訊いた時、母はこう、簡単に答えました。「そうね…。あなたのためだった。他の人は普通なの。でも私はあなたのことが大好きだから」。これが、私の人生や経験にとって「普通」というものがどのように定義されるのか、初めて考えた時になりました。それは今でも、私の健全さを保つ基礎になっています。

コリン・ストールさんの思い

 
     
性分化疾患を持って大人になった人々の思い・考え

コリン・ストールさんの思い

 僕が生まれたのは1968年。全く健康な赤ん坊でした。ですが、成長しきっていない精巣と性腺機能低下症、それに軽い尿道下裂を持っていました。幸運にも僕は、他のほとんどの親御さんがそうであるように、思いやりと愛情にあふれる両親の間に生まれることができました。ふたりはお医者さんに何度も質問をくりかえし、すべてを鵜呑みにしないで、じっくりと僕のことを考えてくました。両親が選んでくれたお医者さんも、定評のある先生で、何でもオープンに答えてくれる人だったそうです。僕が最初に受けた手術は4歳の時。尿道の出口を広げるためのものでした。外科医の先生は、もっと普通の見た目になるようにと、人工の精巣を入れることを勧めましたが、両親は外科手術のリスクについて十分に認識していましたので、僕が自分で話を聞いて決められるまでと、それについては断ったそうです。僕は12歳まで自分で待って、片側だけ人工精巣を入れることにしました。僕にとってそれはひどく辛い体験でしたが、両親はいつも支えてくれました。もう一方には人工のものは入れないと決めた時も、それを尊重してくれました。次に10代の半ばには、乳房が大きくなっていきました。テストステロンの注射が原因でした*1


 両親は僕にずっと、自分自身を大切にすること、自分自身を愛することを教えてくれていましたが、10代の僕には、自分の体の違いはとても戸惑うものに感じられ、両親とお医者さんに、乳房を取る手術をお願いしました。先生には18歳になるまで待ってはどうかと言われました。両親はここでも僕を尊重してくれましたが、同時に、先生の説明にも耳を傾け少し考えてみることも勧めてくれました。最終的に僕は、高校卒業と大学入学の間に手術を受けることにしました。今振り返ってみて、後悔はありません。ひとつには、それは僕自身が決めたことだからです。今は30代ですが、やはり自分の体には今でも少し戸惑いを持つことがあります。太りすぎかも?筋肉が弱いなあ、なんて思うこともありますが、こういう思い悩みは、我々の文化のちょっとした風土病みたいなものです。僕にはそれが分かります。家族や友人、恋人、尊敬する人やカウンセラーの皆さん、それに様々な人生の体験が僕に、自分をそのままに大切にすることを教えてきてくれたのですから。      

*1:訳者注:男性ホルモンであるテストステロンは、男性でも一時的に乳房発達が起きる原因となる。たいていの場合は一時的なもので、小さくなっていくことが多い

ジニー・ヘイズさんからの手紙

ジニー・ヘイズさんからの手紙

親御さん皆さん


 性分化疾患を持つ子どもの親として、皆さんは様々な感情を体験されていることと思います。その中には、自分を責める気持ち、怖さ、不安、それに否定したいという思いもおありでしょう。検査結果を待っている間などは、特に大きく感情が動かれていることでしょう。そういう時は、お父さんもお母さんもですが、自分がどう感じているのかお互いに話し合ったり、近しい家族の方や、そういう方がいるなら、信頼できる近しいお友達に話ができれば、かなり助けになるはずです。検査の結果が出て、診断がつけば、お子さんの体の状況についての疑問への答えも、探しやすくなるはずです。ちゃんとした知識を身につけていけば、今よりも対処しやすくなっていくはずです。


 すぐに各状態ごとのサポートグループにアクセスされることも、本当に助けになるはずです。性分化疾患を持っている大人の方だけでなく、子どもの親御さんのための素晴らしいサポートグループもあります。お子さんの体のことを話すのをためらわないでください。話ができるようになれば、肩の荷も少し軽くなります。


 診察に行く際は、お医者さんには必ず、お子さんのこれからに、皆さんがどのようなことを予測しておけばいいのか訊いておくようにして下さい。見た目のための外科手術の話ばかりで終わらないようにしてください。手術についての判断は、息子さんや娘さんが自分自身で決められる年齢になってから、お子さんご自身に任されるべき問題です。もちろん、尿路感染やその他深刻な医学的問題を治療するための手術とは別です。そういう場合は、お医者さんの指示に従ってください。


 お子さんがある程度理解できる年齢になったら、自分の体の状態について話をしてあげてください。もし不妊の問題をお持ちなら、男性や女性の中には自分の赤ちゃんを持てない人もいるということから話をしていくというのもいいでしょう。養子縁組をすることで、パパやママになるという方法もあるということを教えてあげることもできます。こういう話から始めていって、少しずつ、お子さんの理解力の成長に合わせて、話をしていってください。


 お子さんが成長してくれば、同じ性分化疾患を持つ他のお子さんと触れ合える機会を与えてあげてもいいでしょう。お子さんへの説明は、少なくとも中学校前には始めたほうがいいと思います。中学校時代というのは、友達関係のプレッシャーなどなど、人生の最初のうちでも非常に厳しい時です。ただでさえ混乱する時期で、最初から分かっているのであれば、この年代になって初めて体のことを言われても、さらに混乱を増すだけになってしまうかもしれません。


 お子さんの側にいてあげてください!自分の体のことについて訊いてきた時は、正直にオープンに話してあげてください。いちばん大切なのは、息子さんや娘さんを、他の「普通の」お子さんと同じように「普通に」接してあげる事です。それに、体の見た目だけのことでなく、生まれた時からの深刻な医学的問題がある場合も、どうかそれに寄り添ってあげてください。


ご自愛を。


ジニー・ヘイズ
   

ハーバータ・スミスさんからの手紙

ハーバータ・スミスさんからの手紙

親御さん皆さんへ


 皆さんとお子さんとの人生の旅路に、私の話が少しでも皆さんの励ましになれば光栄です。ですが、性分化疾患のことについての私の体験は少し違ったものになります。72歳の時です。私は他の国の6歳の子どもの法定後見人になるよう、要請されたのです。言葉や文化の違いなど、様々な障害に直面してきましたが、私は新たに、性分化疾患を持つお子さんの親御さんや保護者の方への尊敬の念を持つことができました。何よりも私が学んだのは、子どもの言葉にじっと耳を傾け、丁寧に見守ることの大切さです。


 私の経験はとても複雑なものでした。6歳のこの子は、検査と手術のために合衆国へ来る前までは、女の子として育てられていました。この子の両親には、既に4人の男の子がいて、この子にはもっと女の子のように見えるようにされたかったようです。検査の結果、XX染色体で、子宮と卵精巣があることが分かり、そのため医療チームは、この子をより女性のようにみえるための手術をするべきだと考えました。私はとても動揺しました。そのような手術はこの子には適切ではないように思えたからです。この子はどう見ても男の子であるように見え、彼自身も自分のことを男の子だと思っていたからです。手術の前、彼と図書館に行って、私たちは裸にされた男の子と女の子の写真を見ました。手術したらどのようになるのか見せると、彼はとても怯えました。次の日、頼むからお医者さんに、自分は男の子なのだと伝えて欲しいと、彼は私に話しました。結局手術はキャンセルされることになりました。


 なにかちょっとしたものでも疑問や疑いがある場合、手術や治療をする前に、心理的な面をちゃんと鑑定するのが大切です。このことを聞いて私を批判する人もいましたが、私は自信を持っています。皆さん親御さんは、お子さんの行動や心を一番丁寧に見ている人なのですから、お子さんが家族の中や学校などで、どんな風に振る舞っているのか、丁寧に記録して、病院に行くときはそれをお医者さんにも見せてあげてください。お子さんが一番、自分のことを知っているのですから。


 お子さんは、時が来れば、自分が男の子なのか女の子なのか、自分自身で分かるようになってきます。こういうことは本当にあまりありませんが、性別変更があるかもしれないということは、心の中で準備しておいてください。この子と私の経験はとても特異なもので、彼が表現する性別は、6ヶ月の間に4回、行きつ戻りつしました。このようなことは本当にあまりないことなのですが、心の準備だけはしておいて、もし混乱されるようなら、皆さんご自身がご相談できるカウンセラーを探してみてください。性分化疾患を持つお子さんとの生活をしていくには、皆さんご自身が落ち着いて健康でいることが必要なのですから。


 もし何かあって(カルテのある病院が火事になったり洪水にあうなど)、カルテが無くなってしまっては大変なことですので、お子さんの医療履歴については、常に記録コピーをもらっておいて下さい。これはお子さんの健康記録にもなります。私の経験では、医療履歴のコピーをいただくのが難しかったのですが、この子のケアを進めていくために、他の医療チームと情報を共有せねばならなかったこともあって、これはとても重要な情報になりました。


 最後に皆さんにお伝えしたいです。皆さんが天から授けられたお子さんとの生活を、どうか楽しんでください。私に託されたこの子はとても愛らしく、誇りに思っています。この子は、エンジニアになっていたり、トラック運送業に就いている。そんな将来が私には見えます。皆さんも、いつか皆さんの息子さんや娘さんが自分の夢を叶える将来を夢見てください。


それでは。


ハーバータ・スミス
   

パトリシア・ロバーツさんからの手紙

パトリシア・ロバーツさんからの手紙

親御さん皆さんへ


 モザイク染色体(「混合性性腺形成不全」とも呼ばれています)を持つ子どもの母として、私は直に感じています。神様ってユーモアのセンスをお持ちなのね!と。本当の話をさせてください。ダナを妊娠中、友達から、男の子がいい?女の子がいい?と訊かれていたものでした。もう男の子と女の子の子どもがいたということもあって、「(黒い瞳に黒い髪、それにおとなしい)お兄ちゃんに似た女の子か、(ブロンドの髪に青い瞳で美人さんの)お姉ちゃんに似た男の子がいい!」と、私は答えていました。ええ、そうです。私はどちらも授かったのです。いいえ、それ以上の子どもを!


 45,X/46,XY染色体を持つ子どもが、いつも見た目だけでは性別が分かりにくい外性器を持って生まれるわけではありません。実際、そういう子どものほとんどは完全に男性か女性の外見で生まれてくると言われています。判明するにしても、後になってからです。成長障害があったり、染色体障害を示唆する体の微かな徴候があったりして、お医者さんがどこか悪いところがあるのかもしれないなあと思われる程度とのことです。それより前に、まだ子宮の中にいる時点で、羊水検査(アムニオ)で診断されるお子さんも多いかもしれません。こういう検査と診断を受けたお母さんは、何か悪いところがありうるという、あまりにたくさんの情報にさらされるということもありますが、検査を受けずに、モザイク染色体を持つお子さんを産んだお母さん方のほとんどは、悪いばかりの情報にさらされることなく、完全で健康な男の子を授かっているのです。私は羊水検査は受けないことにしました。この検査に伴う流産のリスクを考えたからです。以前未熟児を出産したこともあって、またこんなことになって欲しくないと思ったからです。妊娠中は体が辛くて、出産3ヶ月前はベッドで横になることが多かったのですが、その後、ダナが生まれました。


 帝王切開を担当したお医者さんは、「女の子ですよ!」と手術室の中で叫ばれました。そして、シンとした静寂が。小さいけれど、ちゃんと息をされてますよと言って下さいました。すぐには泣かなかったのですが、ちゃんと泣き始め、私の緊張も和らぎました。私には長く感じられましたが、数分後、夫がやって来て、ダナは大丈夫だとささやきました。でも、赤ちゃんのプライヴェートな所に「ふくらみ」があるから、他の小児科医に見てもらうよう連れて行っていると。ええ、そうです。その後数時間の間、少なくとも9人のお医者さんが私と赤ちゃんがいる病室を行ったり来たりしました。途中(やっとふたりっきりになれた時)、赤ん坊をゆっくり見つめる時間がとれ、お医者さんにはすぐに染色体検査をしてもらうようお願いしました。担当のお医者さんは、その必要はない、多分曰く的な障害があって、それに対するお薬をもらって家に戻って、そこから病院に通えばいいと断言されましたが、私は染色体検査はやって欲しいと言い続けました。ダナを男の子だと思ったからではありません!先に息子と娘がいましたから、大切でプライヴェートな所がどんな形なのか、もうよく知っていて、率直に言うと、ダナのは型にはまった形ではなかったからです。


 身体検査をいくつか受けて、性腺が外側には見つからないということが分かりました*1。CAH(内分泌系の疾患です)*2の検査とともに、染色体も調べるため、採血がされました。最終的には私は、赤ちゃんと一緒にいて、まるで娘は本当に小さなペニスを持っているように見える(陰のうはない、膣もない)ということを、少しずつ受け入れて行きましたが、それまでは私は頭がグラグラして、血圧がはね上がっていました。次の朝、超音波検査を長い時間受け、赤ちゃんのちっちゃな子宮が見つかったと聞いて、娘の性別を出生証明書に書くことができると、やっとホッとできました。


 2週間後、血液検査の結果が出ました。CAHの可能性は否定され、混合性性腺形成不全であると分かりました。それが、性別が分かりにくい外性器の状態の原因だろうと。再度の血液検査で、この予想は確実なものになり、私たちの話し合いの内容は、ダナのこれからへの影響の話になって行きました。その中でも特に、「性腺芽細胞腫」と呼ばれる稀なガンのリスクについて。性腺が発育不全の場合、この深刻なリスクが高くなり、できるだけ早いうちに、発育不全の(奇形の)性腺の切除が強く求められるのです*3。この時点で、私たちが考えなければならないことは、ダナの外性器の外見のことではなく、命と健康の問題全体になっていきました。有名な小児泌尿器科医の先生に予約を取りました。大変な時間のコンサルテーションの後、ダナの内性器の切除と、外性器をより女性のようにするための手術の日付が決まりました。ですが、その手術では、片側の線状性腺しか見つかりませんでした。7年後、ヘルニア治療の際、外科医の先生が、ダナの「行方不明だった」もう一方の性腺を発見したのです。神様のおかげでしょう。その性腺は石灰化していて、ガンにはなっていませんでした。


 最初の外科手術は完全なものにはなりませんでした。そのため、ダナは9歳の時点でも、膣が外に届いていません。ここ数年、ダナとともにいることで私たちが学んできたのは、膣が外に届いているかどうかは、娘にとってさほど重要なことかもしれないし、そうじゃないかもしれない、それは私たちには分からないということです。実際のところ、然るべき時が来たら、娘は自分の体の状態の複雑さを全て知っていくことになりますし、(ISNA*4の人々を含む)然るべき人々の助けを借りながら、ダナ自身が自分の性のあり方を固めていくことになるでしょう。これからの手術をどうするのか、その方向を決めていくのは、全てダナに委ねられるでしょう。娘が自分で決めたことが、娘にとって正しいことなのですから。


 より女性の平均的な外性器の外見に見せるための手術をするかどうか、先に伸ばしたことを私が何か後悔しているか?後悔はひとつとしてありません。娘は今までのところ、なぜ自分のプライヴェートな所が、診察室の本に載っている写真のようではないのか、気にしたり、誤魔化したりしたことはありません。他の女の子の前で一緒に裸にならなきゃいけない時も、おばあちゃんやベビーシッターの人とお風呂に入る時も、いつもと変わりません。娘は元々無鉄砲なところがあって、バービー人形よりもミニカーを好むところがあります。ですので時々ふと思います。ある日娘が私の方を振り返って、「ねえ、僕は本当は男の子だよ。僕になんてことしてくれたんだ!」と言うんじゃないかって。もちろん可能性の話です。でも、もしそういうことがあったら、私はこう言おうと思っています。「うん。お母さんはあなたの母親で、9ヶ月間あなたをおなかに抱えていた。男の子、女の子どちらでもいいと思ってたわよ。あなたがあなたであることを望んでた。お母さんもね、実はちょっと腹を立ててた。でもあなたにじゃないわよ!あなたのことが大好きだし、壊れやすい器を抱えるように、そっとあなたの側についてきた。あなたの人生が素晴らしい経験にあふれるものになるように、ずっと見守ってきた。ケガしたらそこにキスして、ベッドの下にいたモンスターは追い払ってきたわ。だから、好きなだけお母さんに怒鳴ったら、どうか、あなたを抱きしめさせて。そして一緒に話して、泣いて、これからのことを一緒に考えたいの!」。神様のおぼしめしがあるなら、どうか…。


 「愛は忍耐である。愛はすべてを許す」という言葉があります。親御さんの皆さん。すべてを教えてもらったら、みなさんがお子さんに一番良いと思うことをして、どうか振り返らないでください!皆さんの親としての確信と、どれだけ事実とお子さんを受け止めていけるか、それが、皆さんのお子さんが、彼、彼女自身の独自の人生を如何に大切に生きていけるかということを決めていきます。お子さんの性分化疾患について、全く何もしてやれないという日々が続くこともあるでしょう。ですが、どうか、皆さんなりの毎日の生活の、何気ない普通の日常を楽しんでください。それは、分娩室を出た瞬間から始まります。今、ここのことを大切にしてください。お昼ごはんで粗相をしたり、鼻水を出していたりするかわいいお子さんの何気ない毎日を大切にしてください。そんなお子さんの何気ない毎日の瞬間瞬間。そこでは、皆さんのお子さんは、他のすべてのお子さんがかつてそうであり、これからもそうであろう、何気ない普通の子どもなのですから。


愛をこめて

パトリシア・ロバーツ
   

*1:訳者注:性腺(精巣)が見つからなかった、つまりこの時点では女性の可能性が非常に高くなったということと思われる

*2:訳者注:CAH;先天性副腎皮質過形成のこと。見た目だけでは性別がわかりにくい外性器の状態で生まれてくる赤ちゃんの大多数は、XX女児の先天性副腎皮質過形成で、その場合、早急な治療を行わないと命の危険性が非常に高いため、この検査は必ず行われます。

*3:訳者注:未分化な性腺の悪性腫瘍化率は非常に高い

*4:訳者注:現Accord Alliance。性分化疾患を持つ人や家族のための支援団体