nexdsd JAPAN 性分化疾患情報サイト

体の性の様々な発達(性分化疾患)に関する情報を発信します。

「アビーのランの花の物語」

  
 性分化疾患の診断は、特に年頃のお子さんにはショックなものになるでしょう。先にご紹介したCAISを持つ女性ケイティさんのライフストーリーでも、その衝撃について触れています。しかし、ゆっくりと時間をかけることでその衝撃は徐々に癒され、同じような状態を持つ人々との出会いによって、「自分だけではないんだ」「生きていけるのだ」ということが分かっていけます。
 
 今回ご紹介するのは、欧米で展開されている、性分化疾患を持つ子どもとその家族のためのサポートグループDSDファミリーズに寄せられた、17歳の女の子アビーさんのライフストーリーです。アビーさんやそのご家族も、性分化疾患の診断には、非常に大きな衝撃を体験されましたが、周囲の支えにより、自分自身の人生を強く生きてらっしゃいます。

 日本でも、医療との協力の上で、このようなサポートグループができることを強く希望します。

  
これは、アメリカ人の女性、アビーの物語です。彼女は、最近行われたAIS/DSDサポートグループの集会に、この手記を寄稿してくれました。


アビーのランの花の物語


 私は17歳の女の子です。本当に恵まれた普通の生活を送ってきました。でも、中学生の時です。私は少しずつなにか違うものを感じ始めていました。私の友達は胸が大きくなって、生理やいろいろなことが始まっていきます。けれども私には何も起こらなかったんです。大学の1年生までは、私はあまり気にしていませんでした。でも、6月3日、その日のことは今でも覚えています。母は私の身体は全然大丈夫なのだということを確かめるために、私を婦人科の病院に連れて行きました。待合室で、重い気分になりながら、涙が出てきて、何かがおかしいのだという予感を感じていたのを今でも覚えています。お医者さんは私の身体を見て、いくつかの検査をし、そして私に告げました。思春期の第一段階がまだ始まっていないと。彼女は私の血をとり、超音波検査をし、どんなことが起きているのかその可能性について話しました。次の日もう一度病院に行って、MRIやいろいろな検査を受けるときには、私は恐怖に襲われていました。両親と私はお医者さんのオフィスまで階段を上がり、そして更に検査を受けました。お医者さんが私たちに椅子を勧め、ドアを閉めます。私はガタガタ震えていました。


 MRI検査で、私には子宮がないことが分かったと彼女は説明を始めました。私は頭が重く感じ、深い呼吸をしていました。熱いものを感じたかと思うと、私は彼女のオフィスで突然嘔吐し、そして気を失ってしまいました。両親とお医者さんは私を静かな部屋に運び、しばらく休ませ、更に血液を採っている間、彼女は両親に全てを話していました。私たちは押し黙ったまま、エレベーターを降り、駐車場に出ます。車が通りに出た時、私は母に聞きました。「どういうこと?私には赤ちゃんができないの?」。母は大きな痛みの入った涙を浮かべて、悲しみに打ちひしがれた顔で私に向かい、私には赤ちゃんができないことを告げました。


 私の魂は深く沈みこみました。


 帰りの途、私は呆然としたままでした。妹には一言だけ声をかけて、母のベッドに横たわり、テレビで赤ちゃんのおむつのCMを見る度に泣いていました。CMでは、お母さんが喜びをたたえた眼差しで自分の赤ちゃんを見つめ、赤ちゃんもまたそういう目でお母さんを見つめていました。私の将来の夢は打ち砕かれました。子どもの世話をしたい、いつか赤ちゃんを作りたい、お母さんになりたい、そんなことを夢見ていた少女として、その夜ずっと、私は悲しみに打ちひしがれていました。なぜこんなことが?なぜ私には子宮がないの?私は自分が失ったもの、自分自身を哀しんでいたんです。


 私はこんなことは全く偶然に起こったことだと思っていました。お母さんが自分で調べて、私にAISのことを話した、あの7月17日までは。お母さんは、「AIS」などの医学用語と、私はXYであること、精巣があること、そして手術を受けなければならないことを私に話しました。それはまるで悪夢でした。病院に行った時と同じ感情に私はまた襲われました。もっとひどくなって。こんなひどい体験はありませんでした。自分が誰なのか、何なのかさえ分からなくなるような。


 私は吐き気がしました。私はもう私自身ではなく、何か気持ち悪い違ったものであることを嫌に思ったのです。こんなことはもう全部終わってほしいと私は願いました。私はケイティ(CAISの若い女性です)にメールを送りました。私にはそれしか思いつかなかったのですが、これは助けになりました。私はただただ何も知らなかった頃に戻りたいと思っていました。次の週に私は、芽細胞腫*1が発症していた性腺を取り除くための手術を受けました。死ぬほど怖かったです。10年生*2になった時も、こころに重いものを持っていました。こころの痛みと誰にも話せないことがとても重かったのです。ホルモン療法を始めて間もなく、わたしはフェイスブックのグループを見つけました。とても信頼できて、さまざまな経験をしているこのグループの女の子たちと話をしつづけた、「オーキッドヴァーシー*3」での1年の後、私は自分の状況との折り合いがつけられるようになっていました。次の年の夏、私はダラスを訪れていました。サポートグループの国際ミーティングがそこで行われていたのです。私はそこが大好きになっていました。


 私は自分がAISだと思っていたのですが、ダラスで本当はスワイヤー症候群だということが分かりました。これでいろいろな疑問が解けました。ミーティングで本当に素敵な友達関係ができてうれしかったです。私は自分が性分化疾患を持っていることを受け止め、自信がついてきました。それは今まで感じたことがないような強い思いでした。私は最近、私を勇気づけてくれるグループの女の子たちと自分の経験を共有するようにしています。この身体は別に不幸な運命でも恥ずかしく思うことでもない、自分自身に自信を持っていいんだと。


 今日私の経験を読んでいただいている皆さん。私は、性分化疾患を持っていることは別に何か突然変異の病気を持っているということではない、いつも悲しいだけではない、いつも重荷なだけではなく、うれしいと思うことにもつながることであり、自信を持っていい、決して誰かに任せられない自分自身の人生なんだ、だってそれが恐ろしくとも素晴らしく私自身を形作っているのだから、ということをはっきりと伝えられればと思います。グループの皆さんに感謝します。私の誇りです。


(原文)dsdfamilies Experiences and Practical Advice Abby's orchid story

*1:訳者注:がさいぼうしゅ:小児がんの組織型の一種

*2:訳者注:日本の高校1年生

*3:訳者注:AISなどを中心とする性分化疾患を持つ女性のためのインターネットサポートグループの名前。オーキッド=ランの花は、このグループのシンボルです。