nexdsd JAPAN 性分化疾患:家族のためのハンドブック

Consortium on the Management of DSDが発行している「性分化疾患:家族のためのハンドブック」の翻訳など、性に関する様々な体の発達状態を持つ人々と家族の方々をサポートできる情報をお送りします。

MRKHを持つ女性たちのパーソナルストーリーズ(2)

 MRKH(メイヤー・ロキタンスキー・クスター・ハウザー症候群)とは、女性の性分化疾患のひとつです。MRKHは、主に思春期の無月経から、膣や子宮、卵管の一部もしくは全てが無い状態であることが判明します。女性にとっては、とても心痛められることが多く、またこれまで、同じような体の状態を持つ女性との出会いもないまま、孤独の中を過ごさせねばなりませんでした。

 今回ご紹介するのは、2013年のミス・ミシガンに選ばれたジャクリーンさんのインタヴューです。彼女は15歳の頃にMRKHが判明し、辛い時間も送られましたが、元々のヴァイタリティから、沈んでも這い上がるという気持ちで、勉強や広告会社の仕事、ミス・ミシガンの仕事に打ち込んでいらっしゃいます。彼女は、ミス・ミシガンを取った後、自分がMRKHを持っていることを明らかにされ、MRKHのサポートグループ「The Beautiful You MRKH Foundation」に参加され、MRKHの啓発を始めていらっしゃいます。

 欧米では、専門的なサポートグループもいくつかできています。日本でも、MRKHを持つ女性が集まるインターネットグループがあります。

(性分化疾患とは、「染色体、生殖腺、もしくは解剖学的に性の発達が先天的に非定型的である状態」のことで、「男でも女でもない」「中性」「第3の性」のことや、性同一性障害トランスジェンダーの人々、性自認のことではありません。)

 
 (画像はMRKHを持つ女性のグループ、The Beautiful You MRKH Foundationのメンバーの方たちです)。

 ジャクリーンはミシガン州立大学の大学院生で、広告学の修士号を取るために勉強しながら、ブロガン&パートナーズという広告会社でフルタイムで働いている女性です。広告会社ではメディアバイヤーを担当。ジャクリーンがBeautiful You MRKH Foundationにコンタクトしてきたのは、MRKHの啓発をしたいということ、それにグループに興味を持ってくれたから。何度か話をしていく中で、MRKHを持つ女性の人生を良いものにして行きたい、すべての年代のポジティヴなロールモデルになりたいという、彼女の熱意を感じました。Beautiful Youは、喜んでジャクリーンと活動を共にし、チームに迎えることにしました。


 ここ数ヶ月の間、彼女の話はとても素晴らしいものだと感じ、私たちとしては、みんなにも彼女のことを知ってもらおうとインタヴューをすることにしました。ジャクリーンには彼女自身のことについて質問し、MRKHのこと、MRKHは彼女の人生にどのような影響を与えたのか、お聞きしました。


インタヴュアー:MRKHを持っていることでどんな体験をしたのか、人生にどんな影響を与えたのか話していただけますか?


ジャクリーン:十代の頃ってとてもじゃないけど簡単なものじゃないって、女性全員がうなずいてくれると思います。女の子の十代って本当大変!女性ホルモンが体の隅々まで行き渡って、みんな大人の女性になっていくし、高校で友達ができるかどうか、いい成績がとれるか、みんなと馴染んでいけるか、男子からからかわれたりしないか、もうみんな色々な心配がある。そして、ある日は学校に行って、クラスで何とかうまくやっていけるようにしてる。でもそんな次の日には、病院の一室で、世界が全てひっくり返ってしまうようなニュースを聞く。すぐには理解できないようなニュースを。私にとってはそんな感じでした。


 MRKHと診断されたのは15歳の時です。その時はそれがどういうことなのか全く理解できませんでした。分かったのは、父と母が完全に打ち砕かれているということくらい。生理は来ないだろう(それは悪くないんだけど)。そして自分の子どもは持てない(これは嫌でした)。高校では友達数人にしか、そのことは話さなかったです。じゃないと、浮いてしまうことになるし。当時は、それだけは嫌だったんです。MRKHのことを明らかにしはじめたのは大学に入ってからです。人と違うのは悪いことじゃない、私の独自性なんだって思って。ちょっと怒ってたというのもあった。もうこれ以上隠し事なんてしたくないって。ずっと必死に隠してきたんですが。でも私にとっては、秘密にすればするほど、MRKHのことが実際よりも重荷になっていって。明らかにして話すようにしていくと、気持ちが楽になっていきました。それに、赤ちゃんを持つこともずっと後のことだし、あまりそのことを気にしないようにした。代理母や養子縁組もありえるし、私が結婚したいと思う人なら、どちらの選択肢でも愛情は変わらないだろうからって。なので、とにかく大学に行って、卒業して、広告会社の仕事を手に入れて、修士号を取るためにまた大学に戻って、たまたまミス・ミシガン・USA大会に出て、ミス・ミシガンに選ばれちゃった。


 こんな、何かを成し遂げていくことについては、MRKHを持っていることは話しませんでした。落ち込むような、ずっと落ち込ませるような人生上の葛藤のことも。ただただ、そういうこと・人に向き合って、そこから這い上がることに必死だった。克服して、笑顔でこう言うの。「思い知ったか、ざまあみろ!」って。MRKHが私に教えてくれた。助けもしてくれました。人生で、涙で落ち込むようなことがあっても、そんな人がいても、自分自身の中に深く入っていって、またそこから登ってくることが大切なんだって、そういうことを教えてくれた。


インタヴュアー:MRKHのことを啓発しようと思ったのは?


ジャクリーン:自分のことをMRKHの啓発に使おうと決めるまでには、少し時間がかかりました。単純にこのことは個人的なことにしていましたから。世間に知らせるのではなくてね。でも、このことに光を当てなきゃと思った。そうしなきゃ、残りの人生で後悔しそうに思ったから。大変なことをする時って、その分得るものもあります。私にとって、MRKHは、人生で最も辛いことであると同時に、確かに大切なことでもありましたから。Beautiful YouのウェブサイトでMRKHを持つ女の子の話を読み始めて、このことを自分の人生の第一のことにしようと思ったの。私もその流れに身をおいて、MRKHを持っている女の子に、私もそうだって伝えたいって。自分の美しさに気づいて欲しい、いい意味で特別で、MRKHを自分の人生を定義するものにしちゃいけない、自分を飾るものにしちゃいけないって。どんな障害があっても、乗り越えられる、幸せを手に入れられる、自分の人生を作るのは自分だけなんだって、女の子たちに伝えたくて。


インタヴュアー:ミス・ミシガンである間、 Beautiful Youのパートナーになることにしたのは、どういうところから何ですか?


ジャクリーン:ミス・ミシガンとしての間、それに残りの人生で、Beautiful Youのパートナーになったのは、Beautiful Youのみんなが、MRKHという診断への向き合い方を変えていこうとしていること、自分はひとりじゃないんだって、女の子たちに伝えようとしているからです。15歳から24歳の間、私はMRKHを持っている女性と話をしたことがなかったし、そういう女性が他にもいるなんて思いもしなかった。それはとても孤立した時間でした。パートナーになることで、私も一緒に、世界中のMRKHを持つ女の子の孤立感を無くしたいと思ったんです。


インタヴュアー:最近MRKHと診断された女の子に何かアドヴァイスは?


ジャクリーン:とても辛い思いをしてると思う。でも、MRKHを持っていることに食いつくされないよう、自分の人生を定められないようにがんばってほしい。この人生にはたくさんの素晴らしいことがある。否定的になって自暴自棄にならないで。学校にいくこと、進学することに集中して、いいことも考えるようにしよう。まだ分からないかもしれないけど、全てには理由がある、最後には乗り越えていける、そんなことを伝えたいです。


インタヴュアー:Beautiful Youに入って、なにか驚いたようなことはありますか?


ジャクリーン:私が住んでる地域だけでも、こんなにMRKHを持つ女性がいたなんて、とっても驚いたわ!半年前までは、MRKHを持った人に出会うことも話すことも紹介されることも一度もなかったのに。グループに入って良かったです。こんなに、こんなにたくさんの、私と同じような女性がいたんだから。


インタヴュアー:MRKHを持つ女の子や女性は、将来どうなっていけばいいと思いますか?


ジャクリーン:もし将来、MRKHを持つ女の子に変化を起こせるとしたら、診断されたばかりの女の子が、自分は4,500人に1人なんだって感じないようにすること。分かった時の孤立感は私にはとても辛かったです。いつか、そんな女の子がサポートシステムを持てるようにしたい、そしてMRKHを持つ他の女性を紹介できるようにしたい、そしてそんな女の子たちが自分の人生に対して素晴らしいことができるようになって、自分のことをOKと思えるように、もっといい人生を送れるようになっていってもらいたいです。


インタヴュアー:時間がある時は、どんなことがするのが好き?


ジャクリーン:今は忙しすぎて。仕事はフルタイムだし、昼間はそれでつぶれちゃって、夜は大学院。それにイベントにも出なきゃいけない。週末は宿題か、ミス・ミシガンのイベント。そういうことがない時は、ミス・アメリカの準備のために、ジムに行って必死で鍛えています。だからヒマな時はジムかな…。


インタヴュアー:あなたのことで、みんながまだ知らないこと教えてもらえます?


ジャクリーン:ほとんどの人は、私を見たら、今までの人生ずっとコンテストのことばっかりだったんじゃないかって、もしかしたら思ってるかもしれない。でもそんなことはないんです。ミス・ミシガンは初めてのコンテストでした。両親にエントリーのことを言った時は、両親とも不意打ちを食らったみたいにしてました。私は今までそんなことに興味がなかったから。おてんばで、7年間バスケ、その後4年間はバレーボールをしてたし。ソフトボールや陸上、それに水泳教室にも通ってました。競争好きなのね。それにスポーツが教えてくれたことは私を成長させてくれた。舞台ではヒールを履かなきゃいけないけど、本当は今でもナイキのランニングシューズで出たいくらいです。

ジャクリーンさんのミス・ミシガン受賞のテレビインタヴュー映像はこちらです。