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nexdsd JAPAN 性分化疾患:家族のためのハンドブック

Consortium on the Management of DSDが発行している「性分化疾患:家族のためのハンドブック」の翻訳など、性に関する様々な体の発達状態を持つ人々と家族の方々をサポートできる情報をお送りします。

キャスター・セメンヤさんのこと

御覧の皆様へ

当事者家族の皆さんが問うているのは「男女の境界の無さ」ではありません。むしろそのようなご意見は、当事者の皆さんの女性・男性としての尊厳を深く傷つけるものです。

​私たちがお願いしているのは、「女性にもいろいろな体がある、男性にもいろいろな体がある」ということです。

どうか、お間違いのないようにお願い致します。

 

 リオ五輪も中盤にさしかかり、陸上競技が連日繰り返されています。そして、「性別疑惑」という汚名を着せられた、南アフリカの女性中距離選手、キャスター・セメンヤさんも、8月17日の女子陸上800Mに出場予定です。

 恐らくですが、また日本でも心ない報道や、いろいろな人のいろいろな「意見」が交わされ、センセーショナルな喧騒が勃発し瞬く間にまた消えていくことでしょう。

 そしてそれが、セメンヤさん自身にどう体験されているか考える人はまた少ないままに。

 ここからの文章は、私が入会している、世界最大級のDSDs(体の性の様々な発達:性分化疾患)の当事者・家族会の秘密のグループページに、2015年に書き込んだ投稿の日本語訳です。

 セメンヤさんに巻き起こった喧騒について、私や会の皆さんがどう想いどう感じているか、少し恥ずかしいですが、かなり直接に書いています。

 

 私が主催しているネクスDSDジャパンでも特設ページを作りました。長年DSDsを持つ子どもたち・人々と家族の皆さんの支援を行っている、スタンフォード大学生命倫理学センターシニア研究員の文化人類学者・生命倫理学者カトリーナ・カルカジスさんのエッセイの翻訳です。彼女は、今回の五輪出場に関してセメンヤさんと同じく「性別疑惑」の汚名を着せられ、IOCの「高アンドロゲン症」規制により、出場資格を失いかけたインドの女子短距離選手デュティ・チャンドさんの弁護に立ち、五輪出場資格を勝ち取りもしました。ぜひ、読んでいただければと思います。

www.nexdsd.com

 

 

キャスター・セメンヤさんのこと

 

  今日久しぶりにセメンヤさんの顔を見ました。BBCニュースで彼女がインタビューに答えてたんです。何かの重みのようなものを抱えながらも、穏やかな彼女の笑顔に、当時の喧騒・騒ぎの中、彼女はそれでも静かに大地を蹴って走りつづけ、心の重荷を自分自身の存在の重さとしてきたのかなあと、感銘を受けました。

 

  あのセンセーショナルな喧騒の時、最初僕自身はどこか遠くの世界を眺めるように、あまり現実感なく、でも胸の中ではなんとも言えない違和感を感じていまし た。オリンピックという、とにかくなんかすごいアスリートが集う祭典ですから、最初は別の世界のように感じていたんでしょう。  

 

  でもこのグループで、「私たちも、自分の体のことを話すと、こうなっちゃうんだよね…」というKの書き込み、「僕たちは普通にただの男性・女性なのに、医者も周りも自動的にこういう騒ぎを起こす」というSの書き込み、「誰もセメンヤさん自身のことを考えない」というJの書き込みに、僕の胸の中の違和感は突然表に出てリアリティを増し、怖いというよりも、当時みんなが言ってた通り「ウンザリ」という、けだるく、力が抜けていくような感覚を感じたものです。「ああ、またか」という…。  

 

 センセーショナルな喧騒は日本でも同じでした。一方は「実は男性だった!」「ハーマフロダイト(両性具有・男でも女でもない性)」だった!」「男か女かどっち!?」と、やはり主に3流メディアは沸き立ちました。それを受けての反応も、物珍しい物を見ているかのような、フリークス(奇人変人)ショーさながらの 好奇な目線でした。

 

 そしてやはりもう一方の反応も、日本でも全く同じものでした。そう、「性別(gender) 問題」です。おそらく彼らはセメンヤさんを擁護しているかのように感じていたのでしょう。「セメンヤさんもこれからインターセックスとして生きていかれる でしょう」、(マスコミ暴露後、彼女がフェミニンなドレスを着た姿をメディアで披露したことについて)「男でも女でもないのに、無理やり着せられてかわい そう」。そしてこれも全く同じでした。「このように男でも女でもない人がいるから、男女の区別はない」「オリンピックの男女二元論に疑問を投げかけるべき だ!」。  

 

 彼女が自分を「男でも女でもない性別」として表象したり、オリンピックの男女別を無くすと、そもそも彼女が勝ち取った金メダルはどうなるのか考える人は残念ながらいなさそうでした。(「インターセックスが」ではなく、)「セメンヤさんが」次のオリンピックに出られるかどうか心配している人も誰もいなさそうでした。

 

 そもそも彼女自身が果たしてどう望んでいるかなんて、微塵も考えていなさそう、 あるいは、まるでみんな、彼女は自分たちが思うように望んでいるとでも思っているかのようでした。彼女自身の存在、想いなんて、彼らの熱心な議論ではどうでもいいようでした。  

 

 日本も全く同じでした。そもそも彼女の個人情報が、彼女という存在にとってとてもプライベートで大事な体の性(性器)に関わる事柄が、世界中にセンセーショナルに暴露されたことを疑問に思う人を見かけることはありませんでした。それが彼女にとって、どれだけ 恐ろしい体験になっているかもしれないか考える人はいませんでした。主体性を脅かされる怖さ、気持ち悪さというのは、やられた側しか分からないものですね。 

 

 それに、僕はそうでもありませんでしたが、皆さんの話を聞いて、性分化疾患の診断がどれだけショックを与えるものか、自分自身の男性・女性としての大切な想いをどれだけ損なうものになるか知りました。あるいはセメンヤさんもそういうショックを受けているかもしれない、そういう想像をする人も全く見かけませんでした。(彼女はレズビアンであるという確認不明の情報もありますが、レズビアンであればショックを受けないというわけでもないでしょう)。  

 

 そもそも、彼女は嘘を付いてるわけでもなく、彼女のプロフィールを見る限り、彼女自身も自分の体の状態に気がつくことなく、全く女性で生まれ育ってるはず で、そもそも彼女は「女性競技」に出ている。彼女を他の女性アスリート同様、ただのひとりの女性として見ようというという視点はほとんど見かけませんでした。

 

  IOC(国際オリンピック連盟)が取ったガイドラインに疑問を投げかける人も全くいませんでした。(注:IOCは セメンヤさんの騒ぎの後、女性選手の場合、血中のテストステロン値を一定の基準以下でなくてはならないというガイドラインを作りました。ただ、インターセックス活動家のエミ・コヤマさんは、そもそもオリンピック選手は体からして異能者なのだから、なぜセメンヤさんだけがそういう措置を受けねばならないの か疑問を投げかけていました。それは僕も納得の行くところです)。金メダル剥奪にしなかったことは評価できますが…。  

 

 つまり双方とも全く同じでした。「セメンヤさん」という個人の人生、個人の想いの話は、まるでそれが当然であるかのように彼女自身から奪われ、ステレオタイプな「両性具有」というイメージに覆いかき消され、隠され、個人の存在から体だけを引き抜いて自己目的化され、政治運動の議論に用いられ、まるで彼女の体は自分たちのもので あるかのようにおしゃべりする批評家気取りの人たちばかりになっていきました。  

 

 やはり彼女は、自分がひとりの人間であることを奪われていきました。誰も、「セメンヤさん彼女自身が」どうしたいのか、どう思っているのか、少しでも考える人はいませんでした。 

 

 これって結局、ここのみんなが訴えてきたことと同じですよね。もちろん僕も彼女の想いを分かるわけがありません。僕は彼女ではありませんから。ただ、様々な彼女のプロフィールを見る限り、直観的に、金メダルは彼女に とってとても大切な物だろう。だってそれは彼女自身の歴史と人生、彼女自身の不断の努力の証なのだからということ。(生活の苦労があったようです)。そして何よりも、彼女はただとにかく「走りたい」だろうということだけは確信しました。 

 

 僕やみんなのごく控えめな直観は、当たっていたようです。 

 

 彼女が、 センセーショナルな喧騒も、珍しい物を見るような目も、つまらない意見や議論も、一陣の風のように背にして駆け抜ける姿は、きっと僕とみんなを励ましてく れると思います。  

 

(記事より、セメンヤさんの言葉)

「なにか思うことがあったら直接私に聞けばいいだけなのに。誰かが「いいや、彼女は男みたいだ」とか何とか言う。でもそんなことで私を止めることはできない。だってそれは私の問題じゃないから。そんなこと言うのはその人の問題だから」

「自尊心を傷つけられて怖かった。他人が私について考えることを、私自身には止められない状況だった。私自身のことなのに」

「ここの人は私を理解してくれてます。私は偽物じゃない。私は自分がなりたくないものになりたくない。他人が望むものになりたくない」

「他人がどう思うかなんて関係ない。他人が考えることなんて間違いだと証明したい。私はランナーだし、私がベストを尽くすのは走ることだけ。簡単でしょ?」

 

  また、イギリスBBCが制作したセメンヤさんについてのドキュメンタリーは、あの喧騒の中でセメンヤさん自身が何をどう体験していたのか、彼女自身 の体験と言葉を通して描いています。英語ですが、セメンヤさんの言葉には英語の字幕が付いていて、彼女の言葉はとてもシンプルですので、ご理解いただける と思います。すばらしいドキュメンタリーです。

彼女はこのドキュメンタリーで、このように語っています。

「女の子も男の子も生まれ様はそれぞれでしょ?それをわざわざその子のところに行って責めたりする?神様を責める?それぞれの生まれ様は誰の間違いでもないじゃない」

 

「女性の定義って何?スカート履いてたら女性ってこと?いろいろな女性がいるじゃない。私は女性。それ以上言うことなんてない。私はこういう女性なの」


Too Fast to Be a Woman The Story of Caster Semenya

 

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