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キャスター・セメンヤの弁護士が世界陸連に回答を要求

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キャスター・セメンヤの弁護士が世界陸連に回答を要求

 独占ニュース: セメンヤ選手は,現在では「予備調査」だったとされている研究に基づくDSD規制により,東京五輪への出場を禁じられていた

 By Ben Bloom, Athletics Correspondent 18 August 2021 - 7:19pm

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 キャスター・セメンヤの弁護士は,後になって「誤解を招くような」と認められた研究によって彼女の出場が禁止された世界陸連からの回答を求めている。

 キャスター・セメンヤ弁護団は,世界陸連のテストステロン規制の発端となった調査結果が「誤解を招く可能性があった」と運営組織の科学者たちが認めていたことで,議論を呼んでいる世界陸連のテストステロン規制が破棄されるという新たな希望を抱いている。

 セメンヤ選手は,体の性の様々な発達(DSD)を持つ選手がホルモン低下薬を服用しない限り,400mから1マイルまでの距離で国際的に競うことを禁止する規制に基づき,東京オリンピック800m2冠の防衛戦を行うことができなかった。

 しかし,世界陸連の科学者が,調査結果の一部が「エヴィデンスとしては低いレベル」であることを認めたため,彼女の法的代理人から規制を廃止するよう求められている。

 

 2017年に世界陸連の科学者2人が集めたエヴィデンスによると,テストステロン値が高い女性は低い女性に比べて,800m1.8%,400m2.7%のパフォーマンス向上が見られたという。

 しかし,最初のエヴィデンスを発表したBritish Journal of Sports Medicineは,今になってその2017年の論文の「訂正」を発表したため,この規制ルールはすぐに捨て去られるべきだという声が高まっている。また,セメンヤ選手の弁護士は,なぜオリンピック終了の数日後まで発表されなかったのかということを疑問視している。

 テストステロン値の高い女性のパフォーマンス向上との間の潜在的な関連性について調査した,世界陸連の健康・科学部門のディレクターであるステファン・バーモンとその前任者であるピエール=イヴ・ガルニエは,「明確に言えば,報告された観察された関係性には因果関係を示す確証的なエヴィデンスはない」と記していた。「我々は,2017年の研究が予備的なものであったことを認める」と。

 また「これに関連し,論文中の記述が因果関係の推論を暗示することで誤解を招く可能性があったことを認識している」ともした。

 具体的には「400m400mハードル,800mハンマー投げ棒高跳びにおいて,テストステロン値が高い女性アスリートは,テストステロン値が低いアスリートに比べて,明らかに競争上の優位性がある」(‘Female athletes with high fT [testosterone] levels have a significant competitive advantage over those with low fT in 400 m, 400 m hurdles, 800 m, hammer throw, and pole vault.’)としていたが,「この記述は次のように修正されるべきだ。『女性アスリートにおける高テストステロンレベルは,400m400mハードル,800mハンマー投げ棒高跳びにおいて,低テストステロンレベルの人よりも高い競技力と関連していた』と」(‘High fT levels in female athletes were associated with higher athletic performance over those with low fT in 400 m, 400 m hurdles, 800 m, hammer throw, and pole vault.’)。

 科学者たちは,今回の発見は「エヴィデンスとしては低いレベル」であり,「予備的なもの」であり,「それ以外の何ものでもない。つまり,確証でもなければ,因果関係のエヴィデンスでもないと見るべきだ」と結論として認めたのである。

 

セメンヤ選手は,スポーツ仲裁裁判所CAS)やスイスの最高裁判所で規制に対する異議申し立てを行ったが不調に終わり,先の東京オリンピックを欠場した。現在,欧州人権裁判所での審理を待っているが,世界陸連競技連盟はいかなる判決にも拘束されないと主張している。

 セメンヤの弁護士であるノートン・ローズ・フルブライトのグレゴリー・ノット氏は,Telegraph Sportに「これは非常に重要な新情報です」と語った。

 「私たちは欧州人権裁判所での訴訟の真っ最中で,この情報をどのように訴訟手続きに導入するか,ロンドンのQCや法務チーム全体と話し合う予定です」。

 「世界陸連は最近,欧州人権裁判所の訴訟に介入する意向を通知しており,彼らが今回規制を無効にすることを支持することを期待しています」。

 「世界陸連が先日の東京オリンピックの前にこのエヴィデンスを公表せず,そのためキャスターが800mのタイトルを守ることができなかったことは本当に驚きです」。

 

世界陸連は,今週の「訂正」に含まれる情報は新しいものではなく,CASは,この論文のエヴィデンスが「因果関係を提供することはできない」,「関連性を示す」だけであることを科学者たちも「譲歩していると告白した」ことを十分に考慮していたと信じている。

 世界陸連の広報担当者は「世界陸連競技連盟が実施した10年間の調査結果は,女子クラスの参加資格規制に影響を与えるものではない。今回の訂正による譲歩は,2019年のCASで行われ,CAS裁判員によって検討され,公開されたCASの裁定に記録され,我々の規制を支持している」と述べている。

「さらに,2017年以降,いくつかの査読付き出版物が,血清テストステロンレベルの上昇と,若い女性の身体測定/生理学的特徴および陸上競技のパフォーマンス向上との間の因果関係を支持している」とも。

 また,British Journal of Sports Medicineとの話し合いは何年も前から行われており,発表のタイミングは自分で選んだものではないと世界陸連は主張している。

 

ロジャー・ピールケ・ジュニアは,2019年にインターナショナル・スポーツ・ロー・ジャーナル誌に発表した3人の科学者のうちの1人で,当初の世界陸連のエヴィデンスには「欠陥」があると主張しており,今回の告白はルールを直ちに停止すべきであることを意味すると述べている。

 「科学者も人間であり,他の人と同じように間違いを犯す。だから研究において訂正はよくあることです。しかし,科学の最も重要な特徴の1つは,自己修正機能を備えていることであり,間違いは特定され,認められ,修正されなくてはなりません」。

 「しかし,本日発表された訂正は,単に取るに足らない論文の誤りを認めただけのものではなく,世界陸連が女性アスリートの参加資格規制の根拠となる唯一の実証分析の誤りを認めたものです。その影響は甚大です」と述べている。

 また,「本日提示された訂正は,世界陸連の誠実さを公に試すものです。世界陸連は一連の科学的主張に基づいて規制を行うことを選択しました。この組織は,その主張が間違っており,誤解を招く可能性があったことを認めています」。

 「陸連がアスリートに対して正しいことをするためには,事実が証明されれば,それまでの方針を変更することを意味するでしょう」。

 

オリンピックのトリプルチャンピオンであるアメリカのティアナ・バートレッタ選手は,次のように述べている。「普通は研究を改善するべきです。そしてその結果が反映されなくてはなりません。しかし,彼らはそれをしなかった。私はそれに怒りを感じています」。

 「私は科学が恣意的なものではあってはいけないと信じていますし,たとえ心が違うと感じても,科学が教えることは受け入れます。ですが彼らは最初から自分の求める結果を求めており,それは正しいことではないでしょう」。

 

今月初め,世界陸連競技連盟のセバスチャン・コー会長は,クリスティン・ムボマ選手がオリンピックの200mで銀メダルを獲得したことは,テストステロン値が自然と高くなる女性を取り締まることの正統性を示していると言った。

 今年4月,ナミビア出身の18歳のムボマ選手は,女子400mで世界第2位のタイムを記録したが,東京大会の2週間前に,DSDであることを理由に大会への出場が禁止されたことを知らされた。

 その後,200mに転向した彼女は,決勝でジェットヒールのような走りを見せて20歳以下の世界記録を更新し,東京オリンピックで銀メダルを獲得した。

 「(ムボマ選手の)最後の30メートル,40メートルがインパクトのあるものであることはよくわかるだろう」と,コー会長は言う。「しかし,実際には,それが400mの決定を正当化したと思う。200mをあのようにフィニッシュしたのであれば,それは判断の裏付けとなるだろう」。

 

2019年の規制を支持したCASは,規制が「差別的」であることを認めた上で,その適用に「深刻な懸念」を抱いていた。しかし「このような差別は,女子陸上競技のインテグリティを維持するためには必要かつ合理的で,比例した手段である」との裁定を出している。

  

世界陸連競技連盟のテストステロン規制とは?

 テストステロンの値が自然と高くなる女性選手(正式には「DSD:体の性の様々な発達」と呼ばれている)は,ホルモン低下薬を服用しない限り,400メートルから1マイルまでのトラック距離の国際大会に出場することができない。

 陸上競技統括団体は,この規制がすべての女性にとって「公正で有意義な競争を保証する」ものであり,テストステロンは男性と女性を区別するための最良の指標であると主張している。

 ほとんどの女性の血中テストステロン濃度は0.061.68nmol/Lであり,男性は7.729.4nmol/L。世界陸連では,女性の上限を5nmol/Lとしており,選手は競技前6ヶ月間これを遵守しなければならない。

 この規制を特定の競技にのみ適用した結果,ナミビアティーンエイジャーであるクリスティン・ムボマ選手は,オリンピックで得意の400mへの出場を禁止されたが,200mでは銀メダルを獲得することができたという一風変わったシナリオが生まれた。

 

2018年の実施にはどのような根拠があったのか。

2015年に世界陸連のテストステロン規制の第1弾が中止された後,統括団体はスポーツ仲裁裁判所CAS)から,主張を裏付けるエヴィデンスを探すよう言われた。その後,世界陸連は共同で,2011年と2013年の世界選手権に参加した女性から採取した2,127個のアンドロゲンサンプルの調査を行った。

 その結果,テストステロン値が高い女性は低い女性よりも,400m2.7%),400mハードル(2.8%),800m1.8%),ハンマー投げ4.5%),棒高跳び2.9%)のパフォーマンスが向上することが示唆された。世界陸連は,この規制を陸上競技全体に適用するには十分なエヴィデンスがないと判断し,トラック競技に限定しています。

 また,世界陸連は,エリート女性アスリートの1,000人に7.1人がテストステロン値が上昇していることを確認したとしており,その大半は400mから1.6kmの種目で,その人数の割合は一般女性の「約140倍」にあたるとしている。

 

なぜ今,そのエヴィデンスが疑問視されているのか?

 科学的なエヴィデンスは決して万人に受け入れられるものではなく,2019年にはCASでさえ,DSD選手が1,500mとマイル競技で有利になるという「具体的なエヴィデンス」に疑問を呈しています。

 ロジャー・ピールケ・ジュニア,ロス・タッカー,エリック・ボイエの3人の科学者は,2019年に,テストステロンの影響があるとされた競技のデータの1733%に「問題がある」と主張し,研究の信頼性はさらに落ちていた。

 元のデータを作成した世界陸連の科学者は,そのデータに問題があることを認めていた。British Journal of Sports Medicineに掲載された「訂正」を書いたステファン・バーモンとピエール=イヴ・ガルニエは,テストステロンの上昇と女性の運動能力の向上との間に「因果関係を示す確証はない」と述べていたのだ。

 この科学者たちは,自分たちの発見は「低いレベルのエヴィデンス」であり,「予備的なものであり,それ以外のものではない」と結論づけていた。また「論文中の記述は誤解を招く恐れがあった」と認めていたのだった。

 

なぜ今になってこの「訂正」が出てきたのか。それに対する反応はどうなのか。

 セメンヤ選手の弁護士は,この「訂正」が東京オリンピック前に出てこなかったことを「驚くべきことだ」と指摘しているが,世界陸連は「British Journal of Sports Medicine」との話し合いは何年も前から行っており,出版のタイミングは自分たちで選んだものではないと主張している。

 また,このルールを廃止すべきだと主張する人々もいる。ピールケ・ジュニアは,今回の「訂正」は「世界陸連が,女性アスリートに対する出場資格規制の根拠となる唯一の実証的分析担っている論文の誤りを認めたもの」だと述べている。また「陸連は,一連の科学的な主張に基づいて規制を行うことを選択していたが,その主張が間違っており,誤解を招く可能性があることを認めたのだ」と述べている。

 しかし,世界陸連は,この情報は新しいものではなく,エヴィデンスの強さに関する譲歩は2019年のCASの審理の前に行われており,そのため評決にも考慮されていると主張している。

 

キャスター・セメンヤはこの規制にどう対応してきたか?

 キャリアの大半において,セメンヤはDSDのある選手の不本意な代表となってきた。彼女のパフォーマンスは,2014年と2015年に世界陸連の以前のテストステロン規制の下で顕著に低下したが,その後規制が凍結された後は,国際的な主要800mレースで2年以上にわたって無敗を貫いた。

 2018年にテストステロン規制が新たに定められ,彼女の800mのキャリアは終わりを告げた。彼女はCASとスイスの最高裁判所に規制を訴えましたが不調に終わり,現在は欧州人権裁判所での審理を待っている。

 東京オリンピックでは,テストステロン規制の対象外である200m5,000mへの出場を目指していたが,失敗に終わった。

 昨年彼女は,この規制によって「私が私であることを止めさせません」と語っている。また「女性アスリートを排除したり,生まれ持った能力だけで健康を損なうことは,世界陸連を歴史の間違った側に置くことになります」とも述べている。