Nex Anex DSDs:体の性の様々な発達(性分化疾患)情報サイト

ネクスDSDジャパンの別館です。ここでは,DSDs:体の性の様々な発達(性分化疾患)の学術的な情報を発信していきます。

DSDsとキャスター・セメンヤ 排除と見世物小屋の分裂① 「はじめに」

 2020年12月に発行された『ジェンダー法研究7号』(信山社浅倉むつ子先生・二宮周平先生責任編集)に掲載いただいた,ネクスDSDジャパン主宰・日本性分化疾患患者家族会連絡会代表ヨ ヘイルによる論考を,責任編集者の先生と信山社様のご厚意により,オンライン上で公開する許可をいただきました。

 一部情報をアップデートし,発行時に掲載できなかった画像資料などを加えています。

 

 大変残念なことですが,DSDsに対しては大学のジェンダー論を教えている先生方,LGBTQ等性的マイノリティのみなさんやアライのみなさん,性教育に携わる先生方,お医者様などでも,根深い誤解や偏見があります。

 当事者・家族のみなさんにはつらい描写もありますが,広く多くの方にお読みいただければと願っております。

 

DSDs:体の性の様々な発達(性分化疾患インターセックス)とキャスター・セメンヤ

排除と見世物小屋の分裂

 

目次

 

Ⅰ.はじめに

 

 性分化疾患Disorders of sex development)とは、医学的に「染色体や性腺、もしくは解剖学的に体の性の発達が先天的に非定型的である状態」1を指す。欧米の一部の運動では「インターセックスintersex)」とも呼ばれている。しかし、両用語とも、包括用語自体を拒否する患者家族会やサポートグループがほとんどであるため、本論では、当事者の発案から近年医療でも用いられるようになっている「体の性の様々な発達(Differences of sex developmentDSDs)」という呼称を用いる2

2呼称の問題については後述。筆者としては、日本のDSDを持つ子どものある親御さんから「自分の子どもを”セックス”とは呼べない」と言われ、「sexとは性行為ではなく、体の性の意味」と説明しようとも思ったが、傲慢にも思えたため、以降ネクスDSDジャパンでは必要に応じた時しか「インターセックス」という用語は使っていない。また本論では基本的にDSDsという略語を用いるが、これは欧米の「インターセックス」の定義「これが女性・男性の体という固定観念とは、生まれつき異なる発達をした体の状態」と同じ意味、またそういった包括用語に含まれる体の状態群も同じものとして用いる。さらに「男でも女でもない(間性)」といった、DSDsに投影される社会的イメージ(ハーマフロダイトイメージ)としての「インターセックス」については、現実のDSDsインターセックスと区別するため、<インターセックス>との括弧付きとする。

 

 DSDsは、1993 年、当事者女性のシェリル・チェイスBo Laurant)による北米インターセックス協会(Intersex Society of North America:ISNA)3の発足以来、当事者・家族の医療状況が問題となり、日本では橋本秀雄氏の著作で取り上げられ、「男でも女でもない性」「性のグラデーション」といったフレーズで、LGBTQ等性的マイノリティの人々とともに<インターセックス>の認知が広まった。

 オランダの報告4では全人口の約0.5%が何らかのDSDsを持っているとされている。しかし現在LGBTQの人々の多くがカミングアウトし、その正しい理解が深まり、当事者の人々の人権擁護の機運は高まっている一方、DSDsを持つ人々でカミングアウトする人々の数は極めて限られている。これはどのような要因からくるものなのだろうか。 

 これを、社会が性別を男性と女性に分ける男女二元制の強さ故と考える人もいるかもしれない。この20年、<インターセックス>に対しては、アカデミズムやLGBTムーブメントの中で、「性の多様性」のひとつとして、「身体の性別が男か女か判別できない状態」5など、「男でも女でもない(ハーマフロダイト6)」というイメージに基づく定義で、「身体も男女2つに分けられない」証左として取り上げられることが多い。

5たとえば「人の身体的性は,典型的な男女身体を両極に様々なグラデーションをなすのであり,連続的にとらえる必要がある。」日本学術会議法学委員会 社会と教育におけるLGBTI の権利保障分科会「性的マイノリティの権利保障をめざして― 婚姻・教育・労働を中心に― 」(2017),「身体の性別の特徴(性徴)が男女どちらかといえない場合は「インターセックス性分化疾患)」と呼ばれます。」石田仁『はじめて学ぶLGBT 基礎からトレンドまで』ナツメ社(201916頁、「IというのはインターセックスのIなんですが、性分化疾患と呼ばれたりしております。身体の特徴が男女のどちらでもないということです。」石丸径一郎(2017)『LGBTsとの共生:大学でできること』、「Iインターセックス)というのは、先天的に「男性」(Male)あるいは「女性」(Female)としての解剖学的・生物学的特徴の両方を兼ね備えている人々のことです。」東優子(2016)『性的マイノリティの現状と人権問題』2020930日取得)

6Hermaphrodite:元は,精霊のサルマキスが青年ハーマフロダイトをレイプし,無理やり一体化することで両性具有となったというギリシア神話に由来する名称。日本では医学的には「半陰陽」と呼ばれていたが,現在このような「両性具有・男でも女でもない」といった神話的表現は,医学的にも人権支援団体でも,侮蔑的で誤解を与えるものとされている。例えばであるが,光過敏症の人を「吸血鬼」,多毛症の人を「狼男」と呼んだり,「狼と人のあいの子」「どれくらい血を必要とするか?」といったような,神話的なフレームワークで考えるようなものである。

 

 そういったアカデミズムの各種文献や、LGBTQなど性的マイノリティについての各種解説書、新聞社のルポやマンガ、ドラマなどのメディアの情報から、「男でも女でもない性別で生まれてきているのに、男女二元制の社会によって無理やり手術で男性か女性かにされ、本来は男女という性別を超えた生き方も享受できるはずなのに、それを抑圧されている人々」という戯画的なイメージを持つ人さえいるかもしれない。

 筆者は、北米のインターセックス活動家でISNAにも所属してい活動家が主宰している「日本インターセックス・イニシアティヴ」7に参加し、以降、欧米の各種DSDs患者・家族会,サポートグループや支援団体とコンタクトを行い、DSDsの各体の状態について海外の情報や文献などを日本語に翻訳・発信する「ネクスDSDジャパン」8を主宰している。近年日本でもDSDs各種体の状態の患者・家族会が設立され、日本性分化疾患患者家族会連絡会として連携も行っている。その経験の中で、外部では「<インターセックス>という存在を以って何が言えるか」という観念的議論は溢れている一方、当事者家族の利益となるような具体的な情報が実はほとんどないことや、社会的イメージと現実の当事者・家族の実態とのギャップに違和感を持ち続けていた。

 そういった中で、近年オランダやベルギーの公的機関が当事者・家族への調査を行い、報告書が発行されている9 10。そしてオランダの報告書では、当事者が出くわした偏見として「男女の中間」「完全な男性・女性ではない」「同性愛・トランスジェンダーである」「みな曖昧な性器である」などを挙げ11、ベルギーの報告書では、DSDsが男女以外の性別であるかのような「神話」は、医療提供者やマスコミ、教育機関の教師によってもさらに強められていることを指摘している12。つまり、「男でも女でもない」というイメージこそが当事者家族に対する社会的偏見としてはたらている状況が示されているのだ。

 

www.nexdsd.com

 

 本論ではまず、ここ20年の間に大きく進展している性分化疾患医療の知見から、現実のDSDsインターセックスの体の状態)の様々な体の状態を概説し、オランダとベルギーの報告書などで示されている当事者・家族の現実の状況、そして実際の当事者・家族の具体的困難をまとめる。さらに、2010年のロンドン世界陸上以来、「性別疑惑」という汚名を着せられている南アフリカの陸上女性選手キャスター・セメンヤに対して巻き起こった議論を批判的に検討し、DSDsに対してなぜこのような社会的イメージと現実の乖離が生まれたのか、DSDsを持つ人々に対する「原初的差別」について考察する。

 

 

次の章「第2章:DSDs:体の性の様々な発達」

nexdsd.hatenablog.com

 

1Hughes et.al., Consensus statement on management of intersex disorders. Arch Dis Child. 91(7):554-6,2006

2呼称の問題については後述。筆者としては、日本のDSDを持つ子どものある親御さんから「自分の子どもを”セックス”とは呼べない」と言われ、「sexとは性行為ではなく、体の性の意味」と説明しようとも思ったが、傲慢にも思えたため、以降ネクスDSDジャパンでは必要に応じた時しか「インターセックス」という用語は使っていない。また本論では基本的にDSDsという略語を用いるが、これは欧米の「インターセックス」の定義「これが女性・男性の体という固定観念とは、生まれつき異なる発達をした体の状態」と同じ意味、またそういった包括用語に含まれる体の状態群も同じものとして用いる。さらに「男でも女でもない(間性)」といった、DSDsに投影される社会的イメージ(ハーマフロダイトイメージ)としての「インターセックス」については、現実のDSDsインターセックスと区別するため、<インターセックス>との括弧付きとする。

3The Intersex Society of North America (ISNA): www.isna.org/ 2020930日取得)

4van Lisdonk, The Netherland Institute for Social Research, Living with intersex/DSD An exploratory study of the social situation of persons with intersex/DSD. 2014. ネクスDSDジャパン訳『性分化疾患/インターセックスの状態とともに生きる』)(2020930日取得)

5たとえば「人の身体的性は,典型的な男女身体を両極に様々なグラデーションをなすのであり,連続的にとらえる必要がある。」日本学術会議法学委員会 社会と教育におけるLGBTI の権利保障分科会「性的マイノリティの権利保障をめざして― 婚姻・教育・労働を中心に― 」(2017),「身体の性別の特徴(性徴)が男女どちらかといえない場合は「インターセックス性分化疾患)」と呼ばれます。」石田仁『はじめて学ぶLGBT 基礎からトレンドまで』ナツメ社(201916頁、「IというのはインターセックスのIなんですが、性分化疾患と呼ばれたりしております。身体の特徴が男女のどちらでもないということです。」石丸径一郎(2017)『LGBTsとの共生:大学でできること』、「Iインターセックス)というのは、先天的に「男性」(Male)あるいは「女性」(Female)としての解剖学的・生物学的特徴の両方を兼ね備えている人々のことです。」東優子(2016)『性的マイノリティの現状と人権問題』2020930日取得)

6Hermaphrodite:元は,精霊のサルマキスが青年ハーマフロダイトをレイプし,無理やり一体化することで両性具有となったというギリシア神話に由来する名称。日本では医学的には「半陰陽」と呼ばれていたが,現在このような「両性具有・男でも女でもない」といった神話的表現は,医学的にも人権支援団体でも,侮蔑的で誤解を与えるものとされている。

7日本インターセックス・イニシアティヴ:http://www.intersexinitiative.org/japan/2020930日取得)

8ネクスDSDジャパン:www.nexdsd.com/2020930日取得)

9van Lisdonk・前掲注(4

11van Lisdonk・前掲注(452

12Callens N・前掲注(1155