2020年12月に発行された『ジェンダー法研究7号』(信山社:浅倉むつ子先生・二宮周平先生責任編集)に掲載いただいた,ネクスDSDジャパン主宰・日本性分化疾患患者家族会連絡会代表ヨ ヘイルによる論考を,責任編集者の先生と信山社様のご厚意により,オンライン上で公開する許可をいただきました。
一部情報をアップデートし,発行時に掲載できなかった画像資料などを加えています。
大変残念なことですが,DSDsに対しては大学のジェンダー論を教えている先生方,LGBTQ等性的マイノリティのみなさんやアライのみなさん,性教育に携わる先生方,お医者様などでも,根深い誤解や偏見があります。
当事者・家族のみなさんにはつらい描写もありますが,広く多くの方にお読みいただければと願っております。
DSDs:体の性の様々な発達(性分化疾患/インターセックス)とキャスター・セメンヤ
排除と見世物小屋の分裂
目次
- はじめに
- DSDs:体の性の様々な発達
- オランダ・ベルギーの調査報告で指摘されているDSDsに対する社会的偏見
- 社会的生物学固定観念
- DSDsを持つ人々と家族の困難
- DSDsと法:手術の是非と第三の性別欄への誤解偏見
- キャスター・セメンヤと有色女性差別
- DSDsを持つ人々に対する「原初的差別」
Ⅴ.DSDsを持つ人々と家族の実際の困難
「<インターセックス>もいるから身体も男女2つに分けられない」などの観念的な議論はあふれているが、DSDsを持つ人々とその家族には、現実にはどのような困難があるのか、ほぼ全く知られていないように思われる。ここでは当事者と家族の具体的な困難をまとめていく。
1.親御さんのショックと悲嘆(周産期)
「これを読んでいらっしゃる方の中には、そんなこと(筆者注:性別のこと)はそれほど重大なことではない!と思われる方もいらっしゃるかもしれません。(筆者中略)ですが、実際に体験した中では、それはとても重大なことで、私は病室の中でひとり座り、胸も張り裂けんばかりに、ただ泣くしかなかったのです。それは完全に根本的に重大なことだったのです。実際の体験では、私の一番の恐怖は、子どもを、男の子を失ってしまうかもということだったのです。この喪失感は本当にリアルなもので、恐怖が私をさいなみました。」(高度尿道下裂で生まれた男の子の母親)1
周産期での新生児のDSDsの診断は、親にとっては心的外傷体験となり得ることもある2。DSDsを持つ新生児の親御さんの心的外傷後ストレス症状は、ガンの診断を受けた子どもの親の割合とほぼ同じという研究報告もある3。一連の検査が続いたり、大多数はCAH等命に関わる疾患であるため、親御さんのストレスはかなり強いものとなる。
「第三の性別欄」の必要性を訴えたり4、性別二元制が悪いなどという観念論的議論もあるだろう。中には「親が勝手に性別を決めている」「隠している」などという、不当に親を責めるような誤解もある。しかし、親御さんの体験的には、ダウン症候群や様々な障害を持つ新生児が生まれた場合と同じく、その悲嘆とショックはリアルなものであり、その体験は死産に近いものともなり得る場合があることを人間的に理解することが必要だろう。さらに、DSDsの中にはいくつかだけだが遺伝するものもあり、親御さんは自身が遺伝子キャリアであることが判明し、「自分のせいだ」とGenetic Guilt(遺伝による罪責感)にさいなまれるケースもある。これは、次子の出産や、きょうだい・親戚の保因にも関わってくる5。
5DSDsを持つ人々が自身の体の状態のことを周りに話さない要因には、保因者のきょうだいや家族を守るためということもある。
2.秘密にされることによる自己否定的罪責感と、告知によるトラウマ
「親が本当の性別を秘密にしている」などといった誤解もあるが、上で述べたように、決してそういう話ではないことには注意しなければならない。ただし、以前は外性器のサイズでの「割り当て」されたケースに限らず、マネー・プロトコルによって、医師から親に絶対に秘密にするように言われていたということがあった。
このようなプロトコルによる「治療」を受けた海外の当事者の中では「shame」という表現がよく使われ、日本語では「恥」と訳されることが多かった。これに対しても「本当は男でも女でもない性であるのに、それを恥じさせられた」といった誤解もよく耳にしたが、現実にはそういった単純なものではない。DSDsを専門としているイギリスの臨床心理士Lih–Mei Liaoは、精神分析家のAyersを引用し、「shame」とは「embarrassment(恥ずかしさ)」とは全く異なり、たとえば親子関係の中からも大きくなっていく「罪責感を元にした懲罰的な自己追放」であることを指摘している6。筆者も臨床心理士であるが、先に述べたように、子どもに何らかの障害や体の状態がある場合、親御さんは大きな罪責感(子どもへの申し訳無さ)に苛まれることがある。さらに、以前の医療で多発していたが、多数の研修医に囲まれて、子どもの性器が「興味深げな視線」にさらされたり、全裸の写真が撮られるということがあれば、子どもに対する罪責感はさらに強まる。そういう場合、親御さんの子どもを見つめる眼差しは罪責感を伴うものになる(見つめ返せないということもあるだろう)。そうすると子どもは「自分の存在が親を悲しませている。自分は愛される存在ではない」という自己イメージを成長過程で取り込んでいくことになるのである。これも単純な性別の問題ではなく、極めて人間的・情緒的な状況によるものなのだ。
ならば、積極的に話せばいいという議論もあるかもしれないが、それも単純ではない。話すことについても、親御さんは子どもの傷つきや自死を恐れているのである。
「『だったら、私はおなかで赤ちゃんを育てられないの?』と訊いてきました。『そう…。そういうことなの…』と私が言うと、当たり前のことですが、娘は泣き出し、私は泣いている娘を強く抱きしめるしかありませんでした。答える言葉なんてありませんよね。。。私は怖くなりました。この子にどうしてやればいいんだろう!」(PAISを持つ女の子の母親)7
「母は私がXYであること、精巣があることを私に話しました。それはまるで悪夢でした。こんなひどい体験はありませんでした。自分が誰なのか、何なのかさえ分からなくなるような。」(スワイヤー症候群を持つ女性)8
親御さんの不安は大げさなものとは言い切れない。DSDs判明・告知後、臨床的に顕著な精神的苦痛を持つ当事者は61%、自殺念慮率は45%と言われている9。特に「あなたは男でも女でもありません」「生物学的に男性で性自認は女性」「男女両方の特徴」など、「半陰陽(ハーマフロダイト)フレームワーク」を元にした告知の仕方では、ほぼ性的トラウマと言っていい状態となり得る10。
10たとえば、AIS女性が「中身は男性」と告知され、以降、入眠中に男性が自分の体の中に侵入してくるという悪夢を繰り返し見たというケースも聞いている。
ある調査研究では、DSDsの診断を受けた自殺傾向と自傷行為の割合は、性的虐待を受けたことのある女性に匹敵するレベルであることが示されている11。ベルギーの報告書では、このような精神的苦痛は診断後に数年は続き、様々な時、様々な状況で惹起するとしている。現在DSDs医療では、たとえばXY女性に対しては「あなたが女性であることには変わりがない」などの説明がされるようになっており、いくらかでも医原性の心的トラウマは減っているとは思われる。しかし、次には社会の方が「男女両方の特徴」や「男女判別できない」など、当事者・家族にとってトラウマとなるような偏見を流布している状況なのである。
3.女性・男性としての自尊心・自己イメージの毀損と,秘密・話せなさによる孤独・孤立
「思えば、ずっと心の中にあるの。私は半分男だって。だから私は絶対に…、絶対に幸せになれない。私はどこか正しくない存在、エイリアン…。別の星から来たような…。『世界にひとりぼっち』。そんな考えが頭の中にあった。私のような体の状態の人には、そういう孤独感があるんです。」(AISを持つ女性)12
「思春期の時ひとりの女の子として思っていたのは、生理がないっていうことや、それを他の人に話すということは、本当につらいことだってことで。[…] …ガールズトークでその話になっている間に、そんな話ししませんから。」(AISを持つ女性)13
オランダの報告書では、DSDsがあることは、自分の完全な男性・完全な女性としての自己イメージに影響を及ぼし,当事者は他人が自分を完全な男性・完全な女性として見てくれるかどうか不安に思っていることを指摘している14。染色体であれ子宮がないことであれ、「生殖器」という極めて私的でセンシティブな領域に関わり、さらに周囲のネガティブな反応を恐れたり、「男でも女でもない」という社会的偏見から、DSDsを持つ人々は自身の体を誰にも話さず隠さざるを得ない。原発性無月経を伴うDSDsを持つ女性は、生理がないことを悟られないため学校に生理用品を持っていく人もいる。ベルギーの報告書では、当事者たちは「見世物小屋」に追いやられるようなことや犠牲者役割を負わされること、哀れみをかけられることを恐れていて、自分の体のことをオープンにすることをしないことが指摘されている15。
4.不妊の喪失感と、親密な関係での苦悩と罪責感
「テレビで赤ちゃんのおむつのCMを見る度に泣いていました。CMでは、お母さんが喜びをたたえた眼差しで自分の赤ちゃんを見つめ、赤ちゃんもまたそういう目でお母さんを見つめていました。私の将来の夢は打ち砕かれました。」(スワイヤー症候群を持つ女性)16
「素晴らしい時間に酔うこともなく、感じるのは恐れ。そして、ただ戸惑う。裸になる時が来た瞬間、どんな反応が返ってくるのか。恐怖? 部屋から逃げ出していく?」(CAHを持つ女性)17
DSDsには、ロキタンスキー症候群やターナー症候群、AIS女性など、女性の子宮や卵巣の欠如などによる決定的徹底的な不妊を伴うものが多い。AIS女性などのXY女性では周りは染色体ばかりを注目するが、本人にとっては不妊であることのほうがショックが大きい場合が多いことには注意しなければならない。
さらに外性器の見た目に関わるDSDsや、女性の膣の浅さに関わるDSDsでは、親密な関係になることを躊躇する人も多い。そのほとんどが、拒絶されるかもしれないという恐怖感や、相手に自分に対する社会的スティグマの重荷を負わせるのではないかという罪責感から来ている。不妊の状態も、相手に子どもを作ってあげられないという罪責感を伴うことがある。ベルギーの報告書では、恐怖感や罪責感から、当事者から身を引くケースが多いことが指摘されている18。
5.社会や医療での無理解と偏見
「私一人にしてお医者さんが訊いてきたんです。(筆者中略)「女性でよかったですか? 男だと思ったことはありますか? (筆者中略)レズビアンですか? セックスしたことはありますか?」。 とても嫌な思いになりました。」(CAHを持つ女性)19
「自分を男の子と感じているか女の子と感じているかと心理師が訊いたと思うんです。戻ってから娘が、『お母さん、お願いしたらダメ︖ でも、お願い。次もまたここに来なくちゃいけないの︖ 私もう行きたくない。私は女の子なのに...。ねえ、そうだよね︖』って娘が言って…。」(卵精巣性DSDの女の子の母親)20
「無神経というわけではないことは分かります。でも、よく考えてから発言してほしい。『生理がないなんて本当ラッキーね。子どもは面倒だから、一人の時間があってよかったじゃん。出産の痛みから解放されるなんていいと思わない?』」(ロキタンスキー症候群を持つ女性)21
たとえばXY女性とトランスジェンダーの人々の区別がつかない、あるいは「第三の性」という偏見が起きる場合も多い。これは社会全体でもLGBTコミュニティでも顕著である。現在ではDSDs専門医療ではほぼ聞かなくなったが、一般医療でもDSDsの専門知識に欠け、「あなたは男でも女でもない」といった誤った告知が行われたケースはよく聞く。症例の「珍奇性」から患者を囲い込むような例もある。興味本位からなのか、心理職による不適切な対応もよく聞く。性別同一性や性的指向の違いが高い蓋然性のあるケースの場合は入念な配慮がされなくてはならないが、ベルギーの報告書では、単純に「トランスジェンダーや性的指向と関連させるなどの誤った理解」22により、当事者や家族が心理的ケアを肯定的に語らなかったことが指摘されている。
不妊状態の軽視も聞くことがある。原発性無月経からくる不妊状態というのは、社会でもほぼ知られておらず、当事者女性の決定的な「喪失感」が想像されない。「生まれつき子宮がない」と医学的に記述されていても、本人にとっては、ガンで子宮を失った女性と同じく「喪失」そのものなのである。もちろん当事者によるが、妊娠するかどうかを選択できる人と、選択肢さえ無い人との体験は根本的に異なることが理解されねばならないだろう。
次の章「第6章:DSDsと法:手術の是非と第三の性別欄への誤解偏見」
1ネクスDSDジャパン「ええ、もちろん。私は赤ちゃんの性別が知りたいです。― 性別判定という短い、けれども永遠の旅 ―」(2020年9月30日取得)
2Callens N・前掲注(11)13頁
3Kristina I. Suorsa et. al., Characterizing Early Psychosocial Functioning of Parents of Children with Moderate to Severe Genital Ambiguity due to Disorders of Sex Development. J Urol. 2015 Dec;194(6):1737-42.
4男女以外の「第三の性別欄」については後述する。
5DSDsを持つ人々が自身の体の状態のことを周りに話さない要因には、保因者のきょうだいや家族を守るためということもある。
6Lih–Mei Liao、Stonewalling Emotion. Narrative Inquiry in Bioethics, Volume5, Number2, Summer 2015,p.145
9Schweizer K.et al., Coping With Diverse Sex Development: Treatment Experiences and Psychosocial Support During Childhood and Adolescence and Adult Well-Being. J Pediatr Psychol. 1;42(5):504-519,2016.
10たとえば、AIS女性が「中身は男性」と告知され、以降、入眠中に男性が自分の体の中に侵入してくるという悪夢を繰り返し見たというケースも聞いている。
11Karsten Schützmann,et.al.,Psychological distress, self-harming behavior, and suicidal tendencies in adults with disorders of sex development. Arch Sex Behav. 2009 Feb;38(1):16-33.
12van Lisdong・前掲注(4)32頁
13Callens N・前掲注(11)42頁
14van Lisdong・前掲注(4)31頁
15Callens N・前掲注(11)40‐41頁
17BBC:Me, My Sex and I., 2010:ネクスDSDジャパン訳『性分化疾患を持つ人々の物語』 (2020年9月30日取得)
18Callens N・前掲注(11)38頁
19Laura Inter, Finding My Compass. Narrative Inquiry in Bioethics, Volume5, Number2, Summer 2015,95-98
20Callens N・前掲注(11)52頁
21B.Bennett, Stay Strong, Stay Positive and Stay Kind. https://beautifulyoumrkh.com/2015/03/23/stay-strong-stay-positive-and-stay-kind/