Nex Anex DSDs:体の性の様々な発達(性分化疾患)情報サイト

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DSDsとキャスター・セメンヤ  排除と見世物小屋の分裂⑥「DSDsと法:手術の是非と第三の性別欄への誤解偏見」

 

 

 2020年12月に発行された『ジェンダー法研究7号』(信山社浅倉むつ子先生・二宮周平先生責任編集)に掲載いただいた,ネクスDSDジャパン主宰・日本性分化疾患患者家族会連絡会代表ヨ ヘイルによる論考を,責任編集者の先生と信山社様のご厚意により,オンライン上で公開する許可をいただきました。

 一部情報をアップデートし,発行時に掲載できなかった画像資料などを加えています。

 

 大変残念なことですが,DSDsに対しては大学のジェンダー論を教えている先生方,LGBTQ等性的マイノリティのみなさんやアライのみなさん,性教育に携わる先生方,お医者様などでも,根深い誤解や偏見があります。

 当事者・家族のみなさんにはつらい描写もありますが,広く多くの方にお読みいただければと願っております。

 

DSDs:体の性の様々な発達(性分化疾患インターセックス)とキャスター・セメンヤ

排除と見世物小屋の分裂

 

目次

 

 

Ⅵ.DSDsと法:手術の是非と第三の性別欄への誤解偏見

 

 DSDsと法に関しては、外科手術の問題と、戸籍の問題が取り上げられることが多い。しかしこの2点についても誤解や偏見が多いと思われる。

 

 

1.外科手術の問題に対する誤解・偏見と実際

 

 DSDsでは、特に幼少期、本人に法的に有効な同意を与える意思能力のない時点での外科手術の是非が問題となることが多い。海外の各インターセックス人権支援団体も最大のアジェンダとして、本人への体の状態に関する情報の完全開示と、外科手術等の治療に関する本人の同意を挙げている。

 社会ではこの問題を男性か女性かの「性別判定」の問題だと勘違いし、やはり「本当は男女どちらでもない自由に性別を選べる存在なのに、無理に手術で男性か女性にされている」という、「両性具有ファンタジー」に基づく戯画的なイメージを持つ人もいるかもしれない。確かにマネー・プロトコルの時代には、男性だと分かっていても、サイズや形状が異る外性器のサイズや形状では、男性としての性別同一性を確立できないとして、陰茎切除、精巣摘出の上女性に育てる「性別割り当て」という、人間を実験のモルモットにするようなことが行われ、そのオペの目的とは逆に、多くの人々が性別違和に苦しむこととなった。また、性別違和の可能性がある体の状態や、たまたまトランスジェンダーの人もいるだろう。しかし、各人権支援団体はいずれも、エヴィデンスに基づいた女性(female)か男性(male)の「性別判定」と出生届を求めており、実は手術の問題も性別の問題ではないのである。

 ではどういうことなのか。問題となっている「正常化」手術の問題は、実際は次のようなものなのだ1

  1. 女児の陰核肥大に対する陰核減縮術あるいは切除術において、陰核のサイズのみが重視され、神経節が全く考慮されず、瘢痕化や痛みを伴ったり感覚を失ったケース2
  2. 子宮頸が欠損しているため膣が狭い(盲嚢)女児や、陰唇癒着の女児のケースで、幼少期に膣形成術や陰唇切開分離が行われ、患部が癒合しないように、幼少期に、医師が、あるいは親がやるように言われて、ダイレーションが行われたケース。
  3. 男児尿道下裂や陰茎彎曲に対するオペで、狭窄や瘻孔、瘢痕化を起こしたり、手術跡が何度も裂けるということが起き、修正手術が何度も行われたケース。
  4. 完全にアンドロゲンに反応しない型のAIS女性で、その性腺は機能的にエストロゲンを産生するため、性腺が温存されていれば生理以外の女性の自然な二次性徴が起こるにもかかわらず、幼少期に性腺が摘出され、その後ホルモン服用を要するようになったケース3

2「陰核肥大の一部や全体が除去された手術の結果、多くの患者が性的な感覚を失ったり痛みがあるなどの問題を抱えていると報告されている」: Minto CL, Liao L-M, Woodhouse CRJ, Ransley PG, Creighton SM. The effect of clitoral surgery on sexual outcome in individuals who have intersex conditions with ambiguous genitalia: a cross-sectional study. The Lancet 361:1252-1257,2003.

3AIS女性の性腺の胚細胞腫瘍発生率は思春期までは1%未満、思春期後は10-15%とされている(但し上皮腫瘍形成のリスクは常にあり、その浸潤的なリスクは不明)。一方スワイヤー症候群等の未分化性腺の芽細胞腫発生率は30-50%で、早期の摘出が必要になる。Cools M,et al., Managing the risk of germ cell tumourigenesis in disorders of sex development patients. Endocr Dev. 2014;27:185-96. また、このような性腺摘出に関して、ジョグジャカルタ原則などでは「強制不妊手術」と表現されることがある。ただし、確かに以前のマネープロトコルの時代に男性の機能する精巣の摘出が行われたことがあったが、現在人権支援団体が訴えているのは、主にたとえばAIS女性の性腺の摘出についてである。AIS女性の性腺自体はやはりアンドロゲンに反応しないため精子を作ることもない(つまり不妊状態)が、将来の生殖補助医療技術の発展によって何らかの配偶子作成が可能になるかもしれないという上での性腺温存を念頭に置いたものであることには注意しなければならない。

 

 現実のこのような話は全く理解されていないように思われる。たとえば①は、性交に望む時にオーガズムに達しないということであり、②のケースなどは、こんな異常な状況は誰にも言えないということであり、③のケースも含め、女性・男性の極めて私的でセンシティブな領域の壊滅的な打撃に関わることで、さらにこのような話が社会で「男女どちらでもない人が手術で男性か女性にされている」4とあまりに短絡化されて流布していれば、なおさら誰にも言えなくなるだろう。このような短絡的な誤解を喧伝する人は,自分の頭の中で良いことをしているつもりだけで,逆に当事者・家族の人々を差別的な偏見に晒し,抑圧しているのである。

4たとえば陰核切除・減縮術などは医学で「女性化手術(Feminization surgery)」と呼ばれることがあり、この用語が「男でも女でもない人を手術で女性にする」という偏見につながっている面もあると思われる。現実には女性の陰核肥大や陰唇癒着に対するオペを意味しているのだが、それを「女性化」と表現していること自体も(逆に女性の陰核肥大を「男性化(masculinization)」と、まるで存在として男性になるかのような表現にもなっていて、この用語は当事者・家族からは、心を深く傷つけるものとして批判が出ている)、医学において「女性なら陰核はこれくらいの大きさでなくてはならない(そうでなくては女性と言えない)」という社会的生物学固定観念・規範がはたらいていると思われる。

 

 これらのケースのいずれもが、「女性(female)ならばこういう体の状態のはず、男性(male)ならば生まれつきこういう体の状態のはず」という社会生物学固定観念から行われていることは明らかだ。①・②・③のケースでは「女性の陰核の大きさはこれくらいでなくてはならない(出生時に引っ張って2.5cm以上なら小さくしなければならない)」・「性交可能な膣がなくてはならない」、「男性ならば尿道口は先についていなくてはならない(立尿できなくてはならない)」という固定観念・規範から発している。④については、AIS女性の性腺を、機能的にはエストロジェンを産生するにもかかわらず,実体的な「男性の精巣」と見立て、性腺が男性(male)・女性(female)の本質であるかのように考える思考が見て取れる。

 ここで、各種インターセックス人権支援団体による「インターセックス」の定義が、「間性」「男女両方の特徴」といった「ハーマフロダイトイメージ」による偏見を元にしたものではなく、「女性・男性の身体の医学的・社会的規範に一致しない生まれつきの体の性の特徴5としているのは重要だろう。この定義は、やはりそれでもアカデミズムやLGBTコミュニティを含む社会全体でも「男女以外の性別」のように誤解されることが多いが、そうではなく「生来的に女性・男性ならばこういう体の状態のはず」という社会的生物学固定観念を表すものであり、そういった固定観念・規範を元に、本人の不同意の手術を無くすことを意図した定義なのである。

5Intersex Human Rights AustraliaWhat is intersex? (2020930日取得)。本論やネクスDSDジャパンでのDSDsの定義もこれに沿っている。しかしアカデミズムやLGBTコミュニティを含めた社会全体では、「インターセックス」という用語からは、やはり誤解・偏見から「間性」などのハーマフロダイト(両性具有:男でも女でもない性)イメージを想像しがちだろう。

 

 さらに上記のようなオペのケースは、目の前の人間自体は全く取り捨てられ、「ヒトのパーツ」、あるいは表層ばかりにフェティシズム的に執着し、その人の「人間的体験」が果たしてどのようなものになるのかという想像力が全く欠けていることも注視しなくてはならない。女性の陰核は、その表層的な大きさしか見られず、相手の愛を感じるという人間としての根源的な関係相互作用は発想にさえ入っていない。幼少期にダイレーションを行うということがどういうことなのか、それを親にやらせるということがどれほど異常なことなのか、それを想像する能力は全く欠如しているようである。

 このような想像力の欠如は、医療環境にも反映され、DSDsを持つ子どもが、何の検査かも知らされず、「珍しい症例」を見るために来た研修医に囲まれて性器をジロジロ見られたり、性器や全裸の写真が平気で撮影されたわけだ6

6現在のDSDs専門医療では、本人もしくは親の同意の上での全身麻酔下での具体的な術式の撮影などを除いて、このような人権侵害にも当たる行為は厳に慎まれている。

 

 ISNAを機とする各人権支援団体が長年求めているのは、Physical integrity(身体の不可侵性)とautonomy(自律性)、すなわち、身体情報の本人への完全開示、手術などの治療に対する各種治療法のPros & Cons(良い点と悪い点)7を本人に説明した上での、何もしないことを含む治療法の選択である。「インターセックス」を標榜する人権支援団体の(第三の性別欄には反対等の)様々なアジェンダ、「インターセックス」の定義についても、全てこの目的のために行われていると見ると、その動きはわかりやすくなる。

 筆者自身もこれらの主張に賛同はしているが、現在例えば尿道下裂のオペについては術式の発展により2回を目標としたものになっていて幼少期に標準的に行われていたり、陰核減縮術についても日本では以前から神経節に考慮した術式となっており、手術を先延ばしにしてもほとんど大多数の当事者女性が自分で希望してオペを受けているという現状(なぜ早めにやってくれなかったのか?という訴えもある)を鑑み、ネクスDSDジャパンとしては当事者・家族両方の支援を行えるようにしたいため、それほど強くは訴えないようにしている。オペの是非を当事者・家族の責のように捉えるのではなく、もう少し大きく、なぜ当事者や家族がオペをすることになるのかという社会的要因について考えたいと思っている。その要因としては当然、「男性(male)ならこういう体の状態のはず,女性(female)ならこういう体の状態のはず」とする,1950年代前後以降の強迫的な社会的生物学固定観念,そしてジェンダークィア論などのアカデミアを含む社会全体での「両性具有のようなものを見たい」という窃視症的な社会的享楽がある。当事者・家族は,そのような享楽から逃れるためにオペを行うという側面もあるのだ。

 また、日本では欧米との「主体性」の感覚の違いがあるように感じており、日本の当事者の人々からはオペの是非よりも「ケア(手術とは限らない)の必要性」を聞くことが多い。さらに情報開示についても、本人が望んで情報開示された場合と、本人が望んでいないのにいきなり全て情報開示をされた場合とでは、精神的予後にかなりの違いがあるように感じている。いずれにしても情報開示は、緊急性のない限り、「告知」と言うよりも、本人の発達段階に応じて少しずつ「説明」するという形式をとり、その都度本人の「知りたくない権利」も認めるべきだと考えている。

 やはり支援団体が求め続け、現在DSDs専門医療で主流になりつつある「チーム医療」(外科医中心ではなく、主に小児内分泌科医が中心となって、児童精神科医臨床心理士、婦人科医、外科医等が参加する集学的医療)では、徐々にこのようなインフォームド・コンセントの上での治療方針決定がされるようになってきている。

7 たとえば、AISやロキタンスキー症候群を持つ女性の膣の盲嚢についても、以前はリスクの大きい膣形成術が主流であったが、何もしない、あるいは現在ではよりリスクの低い膣拡張法や低侵襲像膣法(べキエッティー法)などの選択肢がある。



2.戸籍届の問題と、第三の性別という誤解・偏見

 

 「インターセックスの人々は第三の性別欄を求めている」という誤解偏見も多い9

9たとえば、「性別適合のための処置で満足のいく結果が得られなかったトランスジェンダーインターセックスに適用される。この法制が画期的なのは、「第三の性」を創設し、恒久的なものとすることである。オーストラリアのような措置は非常に珍しい、今後各国の制度的先例になる可能性がある。」松宮智生『スポーツにおける男女二元制に関する一試論−性別確認検査における女子競技者の基準を起点に−』THE ANNUAL REPORTS OF HEALTH, PHYSICAL EDUCATION AND SPORT SCIENCE VOL.35, 19-27, 2016。「これは、性別適合手術を行っていないトランスジェンダーの方や、性自認が男でも女でもない(あるいは両方である)と感じるXジェンダーの方、インターセックスの方などの生きづらさを緩和しようとするもの、そもそも性別は「男」「女」に限らないと国が認めたという意味でも歴史的な快挙と言えます。」g-lad xx,「オーストラリアのパスポートには性別欄が3つある。」という車内広告が登場』(2020930日取得)

 

 しかし、そういった誤解に全く反して、各種DSDsサポートグループ、患者・家族会レベルはもちろん、「インターセックス」を標榜する活動家たちの人権支援団体も、男女以外の「第三の性別欄」のDSDsインターセックス)への適用に対しては、実はかなり強く反対している。

 たとえば、2014年にオーストラリアの出生・死亡・婚姻届での男女以外の「non specific(不特定)」が認められたケースは、「出生時に男性の生殖器官をもって生まれ、後に女性への性別適合手術を受けたが、手術後の体の性(sex)が曖昧で、ノンバイナリーの性自認を好むようになった」トランスセクシャルの人とその弁護団が、実は当初「intersex」または「non specific」の性別欄を求めたもので、申立人の状態を「インターセックス」という用語と同義語で使用することを賛成するよう裁判所に主張していた10。オーストラリアのインターセックス活動家団体Intersex Human Rights Australiaihra)は判決前に声明を出し、「この件についてはコメントもしたくない」「私たちは巻き込み被害を受けている」「申立人と弁護団の戦略は、インターセックスを利用するものだ」と強い懸念を表明している11

 

 これはまず何よりも、Ⅲで述べたように、DSDsインターセックス)を持つ人々の身体が、現在のLGBTムーブメントにおいて、男女以外の代名詞(they)やトイレなどの議論に搾取的に道具化される「構造的暴力」のひとつだからである12これは活動家たちの主張だけでなく、一般の当事者・家族にとっても、自らの、あるいは自分の子どもの極めて私的でセンシティブな生殖器という領域の話を、そこだけを切り取られて、自分の預かり知らないところで道具のように使われるというのは耐え難いものである。

12「(我々インターセックスの)第三の性別への帰化政策は宗教的な熱情のように進められているが、そこでは一方で、インターセックスの人々の存在は他の重複する集団の利益のために道具化されている。」:Morgan CarpenterThe“Normalization”of Intersex Bodies and“Othering”of Intersex Identities in Australia. Journal of Bioethical Inquiry volume 15, pages487–495(2018)。「インターセックスの人々を第三のsexgenderとして分類しようとする試みは、我々の多様性や自己決定権を尊重していない。こういった試みは、インターセックスの人が、出生時の二元論的な法的sexアイデンティティを持つかどうかにかかわらず、広範囲の害を与える可能性がある。我々がどのように扱われているかよりも、インターセックスの人々をどのように分類するかばかりに目を向けることは、構造的暴力の一形態でもある。」: ihra, Darlington Statement. 2020930日取得)


 

 

 

 また、体の状態でしかないインターセックスDSDs)を、男女以外の第三の性別に帰せられることは、活動家レベルでは「インターセックスの人々の多様性」を失わせることであり、一般の当事者・家族レベルでは、大多数の当事者が切実に女性・男性であるのに、「男女以外」というやはり耐え難い偏見を押し付けることになる13

13筆者の元には、「男・女・その他」とした性別欄を見て自殺未遂した、診断直後の女の子についての相談も受けている。「その他」は日本のXジェンダーの人々に配慮したものだろうが、診断直後のトラウマの深いDSDs当事者には、「男女以外」という偏見をもとに自分を名指しされているように感じられるからだ。ネクスDSDジャパンとしては、妥協案として、不要な性別欄は廃止し、必要ならば「性別(   )」と自由記入とすることを提案している。また、身体のグラデーション図についても「自分(の体)がどの辺か考える」という授業で不登校になった子どもについての親御さんの相談も受けている。

 

 そして、オーストラリアのケースで活動家が強く懸念しているのは、「体(sex)が曖昧な状態になったから、性別(gender)をインターセックスとする」というロジックでは、「インターセックス」をgenderの話とする誤謬だけでなく、身体とアイデンティティを一致させなくてはいけないという認識を強め、インターセックスの体の状態(DSDs)を持つ子どもに対する手術を促すものだという点である14。女性・男性の体に対する社会的生物学固定観念が非常に強い現代にあっては、女性だと判明していても「これでは女性とは言えない」という規範のもと、陰核の手術が行われることを許容することになるのだ。

14第三の性の分類は、乳児にさらなる困難をもたらす。親は、スティグマや暴露、社会的な無理解を、身体への介入によって避けなければならないとプレッシャーを感じることになる: Morgan CarpenterThe human rights of intersex people: addressing harmful practices and rhetoric of change. Reproductive Health Matters Volume 24, Issue 47, May 2016, Pages 74-84

 

 このオーストラリアのケースは、申立人のトランスセクシャルの人とその弁護団の、DSDsインターセックス)を「男でも女でもない」とする偏見・誤解も大きく関わっているように思われる。このような誤謬は他にも、ケニアトランスジェンダー活動家の女性が学業成績証明書で「インターセックス」の性別欄を求め,高等裁判所が認めたというものや15、オランダでトランス女性が、性別適合手術後の「現在は自らを「インターセックス」とみなし」、「この性自認が公的書類などに反映されないのはおかしいとして」16、パスポートに男女以外の「X」欄を求め、勝訴したケースもある。これらのケースは、インドの「第三の性別」とされているヒジュラ17と同じく、DSDsインターセックス)とトランスジェンダーが(あるいは「男でも女でもない性自認・そういう体の状態にしたということがインターセックスである」と)混同されている,あるいはその違いが否認されている可能性があると思われる。

 

15Nairobi News, Transgender activist Audrey Mbugua gets updated KCSE certificate. September 16th, 2019. 2020930日取得)。このトランス女性活動家は「名前を変えた他のトランスジェンダーの人たちにも新しい証明書を申請するように勧めます」とコメントしている。

 

 

17セレナ・ナンダによれば、インドのヒジュラは「女性の服を着て女性の振舞いをする男性の宗教的な共同体」(筆者注:「男性」とするのはまた別の意味で誤謬である)で、自らを「生まれつきの『半陰陽』」としているが、現実にはMTFトランスジェンダーの集団。:Serena Nanda, Neither Man Nor Woman: The Hijras of India. Wadsworth Pub Co (1990) (蔦森樹、カマル・シン訳『ヒジュラ―男でも女でもなく』 青土社 (1999)

 

 また、実際にDSDsインターセックスの体の状態)の一つを持ち、性自認がノンバイナリーの人の訴えのケースもある。アメリカではLGBT公民権団体ラムダ・リーガルが、インターセックスの体の状態を持つ当事者に、自分が男性でも女性でもないことを理由にパスポート発行を拒否されたとして、国務省を相手に訴訟を起こしている18。これとは別に、自己認証基準でパスポートなどに男女以外の「(XUnspecified」の選択肢を作成するよう求めた法案が提出されている。これについて、北米のインターセックス人権支援団体interactは、やはり「第三の性別欄が、生殖器の違いを持って生まれた乳児に適用されるようになると、子どもが『X』というアイデンティティスティグマを貼られるのを避けるために、親が正常化生殖器手術を選択する圧力を高めることになる」と懸念を表明している19。非常に興味深いことに、このニュースを伝える記事では,当事者団体は懸念を表明しているコメントを挙げつつ、「(当事者団体は)この法案を実施することで(筆者中略)、男女二元論ではない世界が実現することを願っている」としている。このようなステレオタイプを元にしたディスコミュニケーション、あるいは自分と異なる他者の文脈を無意識に自己の文脈に同一化・同化する現象は、なぜかこの分野では非常に多い。

19VOXMEDIANonbinary people could get a gender-neutral passport under new legislation. Feb 25,2020.

VOXMEDIAの記事に対するインターセックス活動家エミ・コヤマによる指摘

 

 しかしこの決定は、やはりインターセックス当事者団体から批判を受け、原則的にDSDsインターセックスの体の状態)のみに認められるという内容故に、トランスジェンダーの支援団体からも批判を受けている。詳しくは石嶋の論に譲るが、そもそもターナー症候群は女性の体の状態であり、特に性別違和が多いというわけではない。出生時を含め外性器の違いも全くなく、その大多数は不妊に悩んでいる20。この判決には、DSDsインターセックス)に対する「男でも女でもない」というスティグマ(あるいは、前述したような1960年以降のターナー症候群の女性に対する「性の反転した男性」といった、XY染色体がジェンダー化された偏見もあるのかもしれない)が何も振り返られることなくはたらいている可能性もあると思われる。

 

20ドイツのターナー症候群女性のサポートグループは、この件に関して一切何のコメントもしていない。(2020930日取得)

 

 また、ドイツでは2017年に、ターナー症候群を持ち、かつ男女どちらにもアイデンティティを持たない人の訴えが認められ、元の女性の登録を削除し、出生記録やパスポートなどに男女以外の「divers」の欄が認められるようになった。

 どの国のケースにおいてもそうだが、もし男女以外の性別欄について議論するのであれば、それはあくまで性自認をベースにした本人の自己決定とするべきで、いかなるDSDsもその俎上に載せるべきではない。それは、DSDsインターセックスの体の状態)に対するスティグマを深め、さらに親御さんたちを手術に急がせ、子どもに体の状態のことを隠すことになり、むしろ支援団体の主張することにも反することになるのだ21

21その他、法制度・施策でのDSDsの取り扱いについてはベルギーの報告書に簡潔にまとめられている。Callens N・前掲注(1160-77頁。日本においてDSDs専門医療者、家族の方から聞いているのは、第三の性別欄などではなく、戸籍登録の期限を14日間ではなく1ヶ月に伸ばしてほしいというものである。検査やその結果が出るまでの期間、母親は産褥期でもあり、親御さんがまずは精神的ケアを受けて急性期のトラウマ反応をとりあえずでも脱し、情報を消化できる期間こそが必要と思われる。

 

 同意のないオペに対しては「子どものインターセックスの特徴を隠したい親の意図が外科的介入を基礎づけていると言われている」とも指摘されている22。では親御さんたちは何を恐れ、子どもにDSDsのことを隠したり、手術を急ぐことになるのか。そしてなぜ大多数の当事者の人々も最終的にはオペをし、じっと自分の体の状態を隠し続けるのか。それは、「男でも女でもない」というスティグマが、具体的に社会でどのようなことを引き起こすのかに直結していると思われる。

 

次の章「第7章:キャスター・セメンヤと有色女性差別

nexdsd.hatenablog.com

 

1InteractWhat is intersex surgery? 2020930日取得)

2「陰核肥大の一部や全体が除去された手術の結果、多くの患者が性的な感覚を失ったり痛みがあるなどの問題を抱えていると報告されている」: Minto CL, Liao L-M, Woodhouse CRJ, Ransley PG, Creighton SM. The effect of clitoral surgery on sexual outcome in individuals who have intersex conditions with ambiguous genitalia: a cross-sectional study. The Lancet 361:1252-1257,2003.

3AIS女性の性腺の胚細胞腫瘍発生率は思春期までは1%未満、思春期後は10-15%とされている(但し上皮腫瘍形成のリスクは常にあり、その浸潤的なリスクは不明)。一方スワイヤー症候群等の未分化性腺の芽細胞腫発生率は30-50%で、早期の摘出が必要になる。Cools M,et al., Managing the risk of germ cell tumourigenesis in disorders of sex development patients. Endocr Dev. 2014;27:185-96. また、このような性腺摘出に関して、ジョグジャカルタ原則などでは「強制不妊手術」と表現されることがある。ただし、確かに以前のマネープロトコルの時代に男性の機能する精巣の摘出が行われたことがあったが、現在人権支援団体が訴えているのは、主にたとえばAIS女性の性腺の摘出についてである。AIS女性の性腺自体はやはりアンドロゲンに反応しないため精子を作ることもない(つまり不妊状態)が、将来の生殖補助医療技術の発展によって何らかの配偶子作成が可能になるかもしれないという上での性腺温存を念頭に置いたものであることには注意しなければならない。

4たとえば陰核切除・減縮術などは医学で「女性化手術(Feminization surgery)」と呼ばれることがあり、この用語が「男でも女でもない人を手術で女性にする」という偏見につながっている面もあると思われる。現実には女性の陰核肥大や陰唇癒着に対するオペを意味しているのだが、それを「女性化」と表現していること自体も(逆に女性の陰核肥大を「男性化(masculinization)」と、まるで存在として男性になるかのような表現にもなっていて、この用語は当事者・家族からは、心を深く傷つけるものとして批判が出ている)、医学において「女性なら陰核はこれくらいの大きさでなくてはならない(そうでなくては女性と言えない)」という固定観念・規範がはたらいていると思われる。

5Intersex Human Rights AustraliaWhat is intersex? (2020930日取得)。本論やネクスDSDジャパンでのDSDsの定義もこれに沿っている。しかしアカデミズムやLGBTコミュニティを含めた社会全体では、「インターセックス」という用語からは、やはり誤解・偏見から「間性」などのハーマフロダイト(両性具有:男でも女でもない性)イメージを想像しがちだろう。

6現在のDSDs専門医療では、本人もしくは親の同意の上での全身麻酔下での具体的な術式の撮影などを除いて、このような人権侵害にも当たる行為は厳に慎まれている。

7たとえば、AISやロキタンスキー症候群を持つ女性の膣の盲嚢についても、以前はリスクの大きい膣形成術が主流であったが、何もしない、あるいは現在ではよりリスクの低い膣拡張法や低侵襲像膣法(べキエッティー法)などの選択肢がある。

8インターセックスを標榜する人権支援団体の(第三の性別欄には反対等の)様々なアジェンダインターセックスの定義についても、全てこの目的のために行われていると見ると、その動きはわかりやすくなると思われる。筆者自身もこれらの主張に賛同はしているが、現在例えば尿道下裂のオペについては術式の発展により2回を目標としたものになっていて幼少期に標準的に行われていたり、陰核減縮術についても日本では以前から神経節に考慮した術式となっており、手術を先延ばしにしてもほとんど大多数の当事者女性が自分で希望してオペを受けているという現状(なぜ早めにやってくれなかったのか?という訴えもある)を鑑み、ネクスDSDジャパンとしては当事者・家族両方の支援を行えるようにしたいため、それほど強くは訴えないようにしている。オペの是非を当事者・家族の責のように捉えるのではなく、もう少し大きく、なぜ当事者や家族がオペをすることになるのかという社会的要因について考えたいと思っている。また、日本では欧米との「主体性」の感覚の違いがあるように感じており、日本の当事者の人々からはオペの是非よりも「ケア(手術とは限らない)の必要性」を聞くことが多い。さらに情報開示についても、本人が望んで情報開示された場合と、本人が望んでいないのにいきなり全て情報開示をされた場合とでは、精神的予後にかなりの違いがあるように感じている。いずれにしても情報開示は、緊急性のない限り、「告知」と言うよりも、本人の発達段階に応じて少しずつ「説明」するという形式をとり、その都度本人の「知りたくない権利」も認めるべきだと考えている。

9たとえば、「性別適合のための処置で満足のいく結果が得られなかったトランスジェンダーインターセックスに適用される。この法制が画期的なのは、「第三の性」を創設し、恒久的なものとすることである。オーストラリアのような措置は非常に珍しい、今後各国の制度的先例になる可能性がある。」松宮智生『スポーツにおける男女二元制に関する一試論−性別確認検査における女子競技者の基準を起点に−』THE ANNUAL REPORTS OF HEALTH, PHYSICAL EDUCATION AND SPORT SCIENCE VOL.35, 19-27, 2016。「これは、性別適合手術を行っていないトランスジェンダーの方や、性自認が男でも女でもない(あるいは両方である)と感じるXジェンダーの方、インターセックスの方などの生きづらさを緩和しようとするもの、そもそも性別は「男」「女」に限らないと国が認めたという意味でも歴史的な快挙と言えます。」g-lad xx,「オーストラリアのパスポートには性別欄が3つある。」という車内広告が登場』(2020930日取得)

10High Court of AustraliaNSW Registrar of Births, Deaths and Marriages v Norrie [2014] HCA 11 (2 April 2014) 2020930日取得)

12第三の性別への帰化政策は宗教的な希望のように進められているが、そこでは一方で、インターセックスの人々の存在は他の重複する集団の利益のために道具化されている。」:Morgan CarpenterThe“Normalization”of Intersex Bodies and“Othering”of Intersex Identities in Australia. Journal of Bioethical Inquiry volume 15, pages487–495(2018)。「インターセックスの人々を第三のsexgenderとして分類しようとする試みは、我々の多様性や自己決定権を尊重していない。こういった試みは、インターセックスの人が、出生時の二元論的な法的sexアイデンティティを持つかどうかにかかわらず、広範囲の害を与える可能性がある。我々がどのように扱われているかよりも、インターセックスの人々をどのように分類するかばかりに目を向けることは、構造的暴力の一形態でもある。」: ihra, Darlington Statement. 2020930日取得)

13筆者の元には、「男・女・その他」とした性別欄を見て自殺未遂した、診断直後の女の子についての相談も受けている。「その他」は日本のXジェンダーの人々に配慮したものだろうが、診断直後のトラウマの深いDSDs当事者には、「男女以外」という偏見をもとに自分を名指しされているように感じられるからだ。ネクスDSDジャパンとしては、妥協案として、不要な性別欄は廃止し、必要ならば「性別(   )」と自由記入とすることを提案している。また、身体のグラデーション図についても「自分(の体)がどの辺か考える」という授業で不登校になった子どもについての親御さんの相談も受けている。

14第三の性の分類は、乳児にさらなる困難をもたらす。親は、スティグマや暴露、社会的な無理解を、身体への介入によって避けなければならないとプレッシャーを感じることになる: Morgan CarpenterThe human rights of intersex people: addressing harmful practices and rhetoric of change. Reproductive Health Matters Volume 24, Issue 47, May 2016, Pages 74-84

15Nairobi News, Transgender activist Audrey Mbugua gets updated KCSE certificate. September 16th, 2019. 2020930日取得)。このトランス女性活動家は「名前を変えた他のトランスジェンダーの人たちにも新しい証明書を申請するように勧めます」とコメントしている。

17セレナ・ナンダによれば、インドのヒジュラは「女性の服を着て女性の振舞いをする男性の宗教的な共同体」(筆者注:「男性」とするのはまた別の意味で誤謬である)で、自らを「生まれつきの『半陰陽』」としているが、現実にはMTFトランスジェンダーの集団。:Serena Nanda, Neither Man Nor Woman: The Hijras of India. Wadsworth Pub Co (1990) (蔦森樹、カマル・シン訳『ヒジュラ―男でも女でもなく』 青土社 (1999)

19VOXMEDIANonbinary people could get a gender-neutral passport under new legislation. Feb 25,2020. :非常に興味深いことに、当事者団体は懸念を表明しているにもかかわらず、この記事では「(当事者団体は)この法案を実施することで(筆者中略)、男女二元論ではない世界が実現することを願っている」としている。このようなステレオタイプを元にしたディスコミュニケーション、あるいは自分と異なる他者の文脈を無意識に自己の文脈に同一化・同化する現象は、なぜかこの分野では非常に多い。

20ドイツのターナー症候群女性のサポートグループは、この件に関して一切何のコメントもしていない。(2020930日取得)

21その他、法制度・施策でのDSDsの取り扱いについてはベルギーの報告書に簡潔にまとめられている。Callens N・前掲注(1160-77頁。日本においてDSDs専門医療者、家族の方から聞いているのは、第三の性別欄などではなく、戸籍登録の期限を14日間ではなく1ヶ月に伸ばしてほしいというものである。検査やその結果が出るまでの期間、母親は産褥期でもあり、親御さんがまずは精神的ケアを受けて急性期のトラウマ反応をとりあえずでも脱し、情報を消化できる期間こそが必要と思われる。

22Lareau AC. Who decides? Genital-normalizing surgery on intersexed infants. Georgetown Law J. 2003 Nov;92(1):129-51.