Nex Anex DSDs:体の性の様々な発達(性分化疾患)情報サイト

ネクスDSDジャパンの別館です。ここでは,DSDs:体の性の様々な発達(性分化疾患)の学術的な情報を発信していきます。

DSDsとはいったい何なのか、そしてこれを抱えて生きるとはどういうことなのか。


ターナー症候群のあるジェニファー・ミリガンが、フェミニストの視点から彼女の個人的な物語を語ります。



 読み始める前に、この記事は、DSDs(体の性の様々な発達)のひとつ,ターナー症候群を持つ女性としての私個人の視点から、私自身の経験に基づいて書かれていることを強調したいと思います。

 DSDsはそれぞれ異なり、そのDSDを持つ人がどのように経験し、どのように見るかはそれぞれ異なります。私は、ターナー症候群の女性全員、ましてやDSDsのある人々全員を代弁しているわけではありません。ですが、セックスやジェンダー、「女性とは何か」をめぐる議論の中で、DSDsが取り上げられることが多いことから、これを書く必要を感じています。

 近年、DSDsDifferences of Sex Development)あるいは,CCSDCongenital Condition of Sex Development)を持つ人々の治療やアイデンティティの問題は、ますますセックスやジェンダー性自認・性同一性をめぐる議論に巻き込まれています。DSDsというカテゴリーに分類される40ほどの体の状態について使われる言葉は、これらの症状のひとつを持つ人々の間で大いに議論され、論争になっています。私はこの記事では、最も一般的に使われている用語であるDSDsDifferences of Sex Development):「体の性の様々な発達」と呼ぶことにします。

 NHS(訳者注:イギリスの国民医療サービス)は、DSDsの定義を「遺伝子、ホルモン、生殖器(外性器を含む)に関わる一群の希少な体の状態」としています。それは、「その人の体の性の発達が他のほとんどの人とは異なることを意味する」 [1]としています。

 DSDsを持つ人は人口の約0.02%に相当します(例えば、ターナー症候群は約2,000人に1人の女性が罹患します)。重要なことは、すべてのDSDsは,女性(ロキタンスキー症候群など),または男性(クラインフェルター症候群など),それぞれいずれかに影響を及ぼすということです。それぞれのDSDsには、健康への影響があります。 医学界がDSDs(特にアンドロゲン不応症(AIS)の女性など)を持つ人々をどのように扱ってきたかについては、長く困難な歴史があります。

 ヘンリー・ターナー1938年に発表した論文を読むと、彼の名を冠したDSDsの症例が紹介されており、彼が描いた7人の女性たちの明らかな精神的苦痛が印象的です。また、彼女たちに行われた身体検査は、恐ろしいものでした。男性優位の医学界が女性をどのように扱ってきたか、その歴史を理解することで、この文脈を理解することができたのです。

 以下は、私の体験談です。私は11歳のときに診断を受け、10代前半から成長ホルモンや女性ホルモンの治療を受けてきました。ターナー症候群の女性たちとは、20代半ば(今から約25年前)から交流を持つようになりました。私の親しい友人の多くは、ターナー症候群の女性です。私は2010年に、こうした友人関係の重要性と、私たちが互いに支え合うことについてブログを書きました[2]

 ターナー症候群が私の健康に与えた影響としては、セリアック病、甲状腺機能低下症、難聴、骨密度がやや低いことなどがあります。 これらの健康問題は重要ですが、最も大きな影響を与えるのは、ターナー症候群に伴う心理的、社会的な問題です。

 私が診断を受けたとき、家族は数年間住んでいたアイルランドから戻ってきたばかりでした。中学校への転校など、私の人生にはすでにかなりの激動が待ち受けていたのです。私は部屋から呼び出され、ターナー症候群についての一部を母から説明されました。母は、私の体の成長について,つまり身長があまり伸びないことを説明しましたが、それ以外にも何か重要なことがあるのだと思いました。数ヵ月後、学校で月経のことを知ったとき、母からまだターナー症候群について聞かされていなかったことと、自然に生理が来ることはないだろうということが、つながっているような気がしたのです。その日の夜、母に学校で習った月経と思春期について話すと、母は折れてターナー症候群の全容を話してくれました。

 両親にとっても大変な時期であったことは明らかで、どの話をいつ話すかという判断は難しいものです。ですが、診断に関する最初の話し合いの多くに私が参加できなかったこと、また、さまざまな療育(言語療法や身体運動を改善するための理学療法など)に送られたことは、私の自尊心、女性としての自分についてどう感じるかに深刻な影響を及ぼしました。12歳の頃、診察の帰り,夜中に性的暴行を受けそうになったこともありました。

 12歳のときから自分が不妊症であることを知っていました。母性は女性の中心的な役割であるという社会の中で、どのように適応し、自分の役割を見つけることができるのか、自分に問いかけなければなりませんでした。また、不妊症の女性を哀れみの対象として見ている社会でもあります。それ以上に、不妊を受け止めることに価値を見出さない社会に生きているのです。不妊治療という選択肢はありますが、身体への負担が大きく、効果があるかどうかもわかりません。私は幼い頃から、自分が母親になることはないだろうということを受け止め、納得してきました。母親になれない、あるいはなりたくないという女性を社会がどう見ているかを理解するのに役立ちました。また、子どもを持てない、あるいは持たない女性が社会に何を提供できるのか、一般的に女性は母性を超えてどのように価値や目的を見出すことができるのかを考えるきっかけにもなりました。

 13歳のときに、思春期を乗り切るために女性ホルモンの補充療法(HRT)を受けました。当時、私はホルモン剤を飲むことに強い抵抗があり、両親や医師にそのことを伝えようとしました。思春期は中年の男性医師がコントロールしているもので、私はそれに従わなければならない、女性らしく見えるようにしなければならないと思ったのです。自分の体が自分のコントロールから外されていると感じ、数十年にわたり薬を飲まされていることに警戒心を抱いたのです。ですから、女性であることを二次性徴に還元しないように注意すべきであり、女性であることは、「慣習的に女性らしい外見である」だなんて話じゃないと言う人たちの意見も完全に理解できます。

 私が10代の頃に担当していた男性医師は、病院の診察のたびに私の胸と性器を調べ、時には医学生の前で、私が「どうなっているか」とコメントすることもありました。これは非常に不適切な行為で、私の身体の発達が医学的な症例以外の何物でもないかのように感じさせられました。

 そのため、私は自分の体をどこか切り離したように感じ、保護するようになりました。 40年近く経った今、様々な理由から、思春期にエストロゲンを摂取していたことに感謝しています。ですが、10代でホルモンを服用することに対する私の懸念は、多くの理由で思春期に自分の体から切り離されたと感じる10代の少女たちの懸念と似ていることに気づかされました。その大きな要因は、変化する自分の身体が性的な対象にされ、それに伴うセクハラや暴力の危険性があることを認識することです。

 先に述べたように、私がターナー症候群の女性たちと本当につながりを持ち始めたのは、20代半ばの頃でした。私のいちばん親密で深い友情は、ターナー症候群の女性たちとのものだと言えるでしょう。私はこの友人たちからたくさんの愛とサポートと理解を得てきましたし、できればそれに応えたいと願っています。女性同士がつながり、支え合うことで何が起こるか、多くのことを教えてくれました。

 私は30代後半から、フェミニスト団体や活動家たちと関わり始めました。ターナー症候群について、何人かのフェミニストの友人と話し合ったことがあります。彼女たちはとても協力的で、私が自分の症状について話すことにいつも関心を持ってくれました。

 ターナー症候群の女性は、DSDsを持つすべての人と同様に、これらの症状やそれが実際にどのようなものであるかについて、ほとんど知識がないという事実に対処しなければなりません。これは、一部の医療関係者だけでなく、一般の人々も同様です。また、医学書では、DSDsを不正確な言葉で説明したり、不適切な画像(例えば、DSDsを持つ人の裸の標本写真)を使用したりすることが行われています。 ソーシャルメディア上では、ターナー症候群に関する不適切なジョークやコメントを定期的に目にします。また、私たちがメディアで描かれるとき、それはたいてい(不妊や健康上の問題から)哀れみの対象として描かれています。ターナー症候群は、「Casualty」や「CSI Special Victims Unit」などのドラマでも、深く問題のある形で描かれてきました(この問題は、他のDSDsでも起きています。例えば、AIS女性のキャラクターが登場した「House」のエピソードなど)。

 でもこれは、最近のセックスやジェンダーをめぐる議論や、ソーシャルメディアの登場以前の文脈です。

 DSDsのある人々が、現在のジェンダーやセックスをめぐる議論の中で議論されていることに気づいたのは12年ほど前ですが、まだ稀なことでした。 数年前、ターナー症候群を持つ若い女性たちがSNSでこの病気について議論していることに気づき、彼女たちが信じこんでいる物語に関心を持つようになりました。4年ほど前、私はソーシャルメディア、特にTwitterで、XXXY以外のDSDsと染色体の核型(核型とは何かについては注5を参照)が、間違った知識から,まるで「男でも女でもない性別」であるかのように表現されていることに気づき始めました。

 この問題に気づき始めた2010年に、ターナー症候群とフェミニズムについての私の考えをブログポストで書きました(注3)。 2014年には、SNSでのターナー症候群に関する議論を受けて、別のブログ記事を書きました(注4)。

 ソーシャルメディア、特にTwitterで、「インターセックスの人たち」が,「性はスペクトラムである」「性は2つ以上ある」ということを何らかの形で証明しているという主張を何度も読んだことがあります。Twitterで検索してみると、ターナー症候群は毎日のように「性はスペクトラムである」ことの「証拠」として引用されているようです。

 DSDsを持つ人々の身体は「他者化」され、時にはフェティッシュ化(訳者注:モノのように偏愛されたり使役されたりすること)されています。私たちは、一部の「インターセックス活動家」によって、私たちに特定の医療ニーズがあることを無視するように言われています。

 私たちが使う言葉は、それ自体、非常に議論の多い問題です。「インターセックス」という言葉は、ほんの一部の活動家や組織で使われていますが、DSDsCCSDを持つ人びとの大多数は、この言葉がDSDsについて間違ったメッセージを与えていると考え、問題視しています。また、なんらのDSDsもないのにに「自分はインターセックスだ」と主張し、私たちの代表であるかのように主張する人たちの問題もあります。東ロンドンには、そういう「インターセックス」の人たちを対象にした「InterseXXY」というクラブナイトまであります(DSDsのある人々がしばしば直面する健康問題、自尊心やボディイメージの問題に「セクシー」はないと断言できます)。

 このようなソーシャルメディア上の議論は、現実の世界に影響を及ぼします。DSDsを持つ人々は、パスポートにXマークをつけることが許されるかどうかという議論に巻き込まれています(これはドイツで実際に起こったことです)。

 スコットランド政府は、DSDsの当事者や団体が、使用されている用語やこの用語を使っている法律がDSDsの当事者にとっては実際には逆効果になる可能性について懸念を表明したにもかかわらず、最近の憎悪犯罪法に「性的特徴の異なる人々」を盛り込みました。

 ターナー症候群は、他のDSDsとともに、トランスジェンダーの人々についての裁判で、グローバル開発センターの弁護士によって使用され、判決文に引用されています。(この判決に関するMRKHvoiceのブログスポットは非常に読み応えがあります-6参照)。

 DSDsを持つ人の数も定期的に誤って伝えられています。1.7%という誤った数字が定期的にソーシャルメディアで引用されているのです(この数字は、アン・ファウストスターリングが彼女の2000年の著書「Sexing the body: gender politics and the construction of Sexuality」で最初に引用した数字です)。ですがこの数字は、特にレナード・サックスによる医学文献などですぐに論破された数字なのです(注7)。

 ターナー症候群の友人たちと接していると、ほとんどの人が、このような議論に巻き込まれていることに気づいていません。私たちの間でそんな話が議論されるようなことはありません。ですが、何人かはこのことに気づき、懸念を持つようになってきています。

 DSDsCCSDを持つ人々が、セックスやジェンダーに関する議論の中でどのように利用されているかについて発言しているDSDsを持つ女性や男性が、他にもたくさんいます。彼らは、このテーマについて自分なりの視点と経験を持っています。

 この数年間、私はオンラインで他のDSDsの人たちとつながってきました。Twitterには、たくさんの素晴らしい声が寄せられています。 彼らは、現在のセックスとジェンダーに関する議論において、DSDsが武器にされ、誤った形で表現されていることを懸念しています。 悲しいことに、ここ数ヶ月、DSDsを持つ人々は攻撃に直面しています。

 最後に私が言えることは、DSDを持つ人々の声に耳を傾け、私たちの人生について学ぶ姿勢を持つことです。

 

 

 

1- NHS definition of Differences of Sexual Development

https://www.nhs.uk/conditions/differences-in-sex-development/

 

2- My 2010 blog about my friendships with other women with Turner Syndrome

http://june42.blogspot.com/2010/12/37-conversations-amongst-ourselves.html

 

3- My 2010 Blogpost about Turner Syndrome and Feminism http://june42.blogspot.com/2010/09/i-have-recently-started-getting.html

 

4- My 2014 blogpost on women with Turner Syndrome http://june42.blogspot.com/2014/04/72-on-importance-of-knowing-women-with.html

 

5. Wikipedia entry for Karotypes https://en.wikipedia.org/wiki/Karyotype

 

6. MRKHVoices’ blog about Maya Forstater’ s industrial tribunal judgement

https://mrkhvoice.com/index.php/2019/12/18/what-is-dignity/

 

7. Leonard Sax’s response to Anne Fausto Sterling

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12476264/