Nex Anex DSDs:体の性の様々な発達(性分化疾患)情報サイト

ネクスDSDジャパンの別館です。ここでは,DSDs:体の性の様々な発達(性分化疾患)の学術的な情報を発信していきます。

DSDsキャスター・セメンヤ 排除と見世物小屋の分裂③「オランダ・ベルギーの調査報告で指摘されているDSDsに対する社会的偏見」

オランダ・ベルギー国家機関DSDs調査報告書概要

 

 2020年12月に発行された『ジェンダー法研究7号』(信山社浅倉むつ子先生・二宮周平先生責任編集)に掲載いただいた,ネクスDSDジャパン主宰・日本性分化疾患患者家族会連絡会代表ヨ ヘイルによる論考を,責任編集者の先生と信山社様のご厚意により,オンライン上で公開する許可をいただきました。

 一部情報をアップデートし,発行時に掲載できなかった画像資料などを加えています。

 

 大変残念なことですが,DSDsに対しては大学のジェンダー論を教えている先生方,LGBTQ等性的マイノリティのみなさんやアライのみなさん,性教育に携わる先生方,お医者様などでも,根深い誤解や偏見があります。

 当事者・家族のみなさんにはつらい描写もありますが,広く多くの方にお読みいただければと願っております。

 

DSDs:体の性の様々な発達(性分化疾患インターセックス)とキャスター・セメンヤ

排除と見世物小屋の分裂

 

目次

 

Ⅲ.オランダ・ベルギーの調査報告で指摘されているDSDsに対する社会的偏見

 

 「Living with intersex/DSD An exploratory study of the social situation of persons with intersex/DSD」は、2014年に出版された世界で初めての公的機関によるDSDsを持つ人々の実態調査報告書である。オランダ教育文化科学省解放局の要請で、オランダ社会文化計画局が調査を行った。また、2017年にはベルギー、フランドル共同参画省の委託を受け、Gent大学の文化・ジェンダーセンターが当事者家族の調査を行い、「SAMENVATTING INTERSEKSE/DSD IN VLAANDEREN」として調査結果をまとめている。www.nexdsd.com

 以下、当事者と家族の社会的状況について両調査報告書の内容とともに、他の調査や筆者の各DSDsの体の状態の当事者団体とのコンタクト経験からその背景について概説する。

 

1.「インターセックス」「性分化疾患」という用語について

「こういう体の状態が『インターセックス』っていう名前で出てきても、[…]理解の助けになんか全然ならないです。[…]AISという概念だけでいいんです。インターセックスという用語だと、あなたは2つの性の間にいるってことになる。」AISを持つ女性)1

 両報告書とも、現実には、実は当事者と家族の大多数が「インターセックス」あるいは「性分化疾患」という用語を聞いたこともなく、包括用語や体の状態名を自らのアイデンティティとして語るということにも拒絶的で、各体の状態・疾患を「持っている(withhaving)」と認識しており、「インターセックス」はもちろん「性分化疾患」という概念に基づく集団的アイデンティティやコミュニティは実質上存在しないことを指摘している。

 現実には、AIS等のXY女性や、ロキタンスキー症候群、CAHターナー症候群など、それぞれの体の状態に応じたサポートグループが個別にあるのが実際で、そういうサポートグループに参加している当事者・家族の人数が圧倒的に多い。たとえるなら、LGBTQ等性的マイノリティのコミュニティがEUヨーロッパ連合)ほどの強いつながりとすれば、DSDsASEAN東南アジア諸国連合)ほどのつながりでしかない。

LGBTQ等性的マイノリティとDSDsの違い

DSDsは雑多な包括概念でしかない

 DSDsインターセックスの体の状態)は、ダウン症候群と子宮がん、糖尿病、事故による外性器欠損など、それぞれに全く関係のない疾患・体の状態を一緒にしたような概念でしかなく、それぞれの体の状態は全く状況も機序もプライオリティも異なるため、特に交流などもないというのが実際なのだ。たとえばインドネシアに行って、「あなたはアセアン人ですか?」と訊いても、「何を言ってるのだろう?」という反応しか返ってこないのと同じと考えると想像しやすい。

 ファンタジーではないDSDsインターセックス)は、モノリス(単一)あるいは「なんでもあり」の集団ではないのだが、アカデミズムの人々でも、「インターセックス」や「性分化疾患」で検索を行っても、各体の状態名で調査しようとすることはほとんどないだろう。このように、社会がDSDsインターセックスの体の状態)を持つ人々を、まるで「男でも女でもない」単一集団のように捉えてしまう、あるいは「自分が見たいものだけを見る」背景には、後述する「オリエンタリズム的認知形式」や「観客」の問題があると思われる。

 確かに海外で「インターセックス」を標榜する当事者運動があるが、現実にはそのような動きは当事者全体のほんの一部に過ぎない。そのような運動は必ずしも支持されているとは限らず、むしろ恐れられてさえいることもベルギーの報告書で指摘されている2。さらにこのような「インターセックス」を標榜する支援団体自体も、インターセックスには様々な体の状態があること、「男でも女でもない性(Hermaphrodite)」ではないと強調している3こともほとんど知られていない。

 

2.「男でも女でもない性」という社会的スティグマ

 両報告書とも、当事者の大多数が自身を疑いもなく男性/女性と認識していて、男性・女性以外の別のカテゴリーと見なされたいとは全く望んでおらず、むしろ他人が自分を完全な男性・完全な女性として見てくれるかどうか不安に思っていることを指摘している。「男でも女でもない性」という表象こそが、むしろ社会的スティグマになっているのだ。

 近年の一般青年期人口で自分を「男でも女でもない」とする人の割合は2.75.08%であるという調査報告4がある一方、ヨーロッパのDSDs専門調査研究機構dsd-LIFEによる2017年のこれまで最も大規模な調査では、DSDs当事者で自分を「男でも女でもない」とした人は、体の状態によって違いはあるが、全体では1.2%に過ぎなかったことも分かっている5。当事者の大多数は、生殖器などの違いによって、むしろ女性・男性としての自尊心を損なわれ、「男でも女でもない」とされることに怯えているのが現実の状況なのだ。

DSDsのある人々と一般人口で自身を「男でも女でもない」とした人の割合

 さらに、オランダの報告書では、支援者や社会学の研究者が「<インターセックス>の存在」を以って男女の性別の二分法に疑義を唱えている一方、実は当事者自身は男女の二分法を打ち崩したいという希望を全く持っていないということも指摘されている6

 

3.LGBTQ等性的マイノリティの人々との関係

LGBTは、性的指向の話や、白黒だけじゃなくてグレーもある、みんなそういうことを自分で決めなきゃいけない、でもそれは体とは関係ないってことですよね。(筆者中略)でも私たちのことは、私のケースの場合は、そういう話じゃないんです。私は女性。それで全てなんです。」(ロキタンスキー症候群を持つ女性)7

 DSDsを持つ人々にもLGBTQ等の性的マイノリティの人々は存在するが、それは一般人口にLGBTQの人々がいるのと変わらず、現実には、DSDsを持つ人々の大多数は自身をLGBTQ等性的マイノリティの一員だとは思いもしていないことも指摘されている8。実際のLGBTQ等性的マイノリティとの関係を図に示すと(図1)のようになる。

(図1)LGBTQ等性的マイノリティーとDSDsとの関係

8DSDsを持つ人々は一般人口の大多数と同じく異性愛でシスジェンダーなのである。胎生期での高レベルのテストステロン暴露がある女性の一部のDSDsの場合は、活動性(いわゆる「男らしさ」)の増加や、女性に対して性的魅力を感じたりすることがある。その中で一部に性別同一性の揺らぎをもたらすことあるが、これについても非生物学的影響(親の態度、友達の影響、文化的文脈など)の相対的な寄与がどれほどあるか分かっておらず、ますはジェンダー・ロール(活動性・「男の子っぽい」行動)を、性別同一性の問題とすぐさま混同してはならないことが指摘されている。:Cohen-Kettenis PTPsychosocial and psychosexual aspects of disorders of sex development. Best Pract Res Clin Endocrinol Metab. Apr;24(2):325-34, 2010.あるいはMeyer-Bahlburg, H.F.L., Dolezal, C., Baker, S.W. et al. Prenatal Androgenization Affects Gender-Related Behavior But Not Gender Identity in 5–12-Year-Old Girls with Congenital Adrenal Hyperplasia. Arch Sex Behav 33, 97–104, 2004.

 

 これは決して差別的意識ではなく、いくつかの要因があると思われる。

  • DSDsを持つ子どもたちや人々の体験は、事故や病気で外性器や性腺が損なわれたり、子宮を失った人々の体験に近く、そういう人が性的マイノリティの一員とは考えないのと同じため。

  • DSDsは自身の生殖器不妊の状態という、愛情やアイデンティティとはまた異なる意味で極めて私的でセンシティブな領域に関わるため、「多様性やアイデンティティをアピールする」という流れとはかなり趣が異なること。

  • そもそもDSDs当事者の大多数は、男性と女性の区別について疑問を投げかける必要性を全く感じておらず、実は「性はグラデーション」という流れとは全く逆であること。

  • 社会では、DSDsに対する性自認性的指向との混同や、当事者・家族にとっての二次的なトラウマとなるようなDSDsに対する誤った認識がLGBTムーブメントで伝えられることが特に多く、そういった動きとは距離を取りたいと思う当事者・家族が多いこと。

 特にトランスジェンダーの人々との混同は多い。DSDsを持つ人々で性別違和のある人は少なく9、また性別違和のある人で何らかのDSDsが判明することも実は少ない10

10たとえば、2009年から2013年までに英国NHTGIDサービスに訪れた出生女性で性別違和のある人で、超音波検査により先天性の障害が見つかった人は1人のみ、同じく2009年から2015年までの性別違和のある人446人で何らかの染色体の違いが判明した人は2人のみだったことが報告されている。Gary Butler,et.al.,Assessment and support of children and adolescents with gender dysphoria. Arch Dis Child. 2018 Jul;103(7):631-636

 さらにDSDsでは、性別違和のある人でない限り、性自認・性別同一性という概念を当てはめることは、たとえば卵巣がんで卵巣を失った女性が「あなたの体はもう女性とは言えないけど、性自認は女性だから女性だと認めます」と言われることに等しい傷つき体験となる。性別同一性(gender identity)という概念はトランスジェンダーの人々にとって非常に大切なものであるが、DSDsはあくまで性に関わる体の構造の問題なのだということに注意しなければならない。支援団体も20年以上前から「ジェンダー(性別)の問題ではない」11と言っているとおり、DSDs性自認や性別(ジェンダー)の問題とはとらえていないのである。

11ISNA, Our Mission, 2020930日取得)。ISNAの活動要領「Our Mission」を取りまとめたエミ・コヤマによれば、「ジェンダー(性別)の問題ではない」としたのは、インターセックスはあくまで体の構造とそれに対する医療措置の問題であること、さらに既に当時からこのような体の状態がジェンダー論などアカデミズムの領域での議論に巻き込まれ、道具化されがちであったことからとしている。:エミ・コヤマとのパーソナルコミュニケーション(20181011日)

ISNAサイト「ジェンダーの問題ではない」

 海外で「LGBTI」の接頭語を用いているインターセックス当事者団体もあるが、これはむしろ、LGBTQ団体や活動家が、インターセックスDSDs当事者団体に聞き取りをすることもなく「LGBTI」を掲げ、神話的イメージだけで、たとえば男女以外の敬称や代名詞、第三の性別欄や男女以外のトイレを設ける理由に、イメージとしての<インターセックス>の上に、当事者を搾取的に用いるような状況の中で、自らの主体性を取り戻すためでもあるというのが実際なのだということも理解されていない12

海外のインターセックス人権活動家のコメント

 たとえば、オーストラリアのLGBTIQ+の人々の健康促進事業THE EQUALITY PROJECTによるカンファレンス、BetterTogether2018では、インターセックス・ヒューマン・ライツ・オーストラリア(ihra)共同代表のトニー・ブリフファが「インターセックスの人々は、LGBTの団体・活動家たちの利益のためだけに、不注意な態度で誤った説明をされ、利用されるだけ利用されてポイッと捨てられてしまってばかり(thrown under the bus)である」と、かなり強い批判をしている(図2)。また、ロシアの複数のインターセックス団体も合同で、現地のLGBT団体や活動家が掲げる「LGBTI」に対して、それはむしろインターセックスに対する誤解を広げ、当事者特有の問題やニーズを歪め、隠蔽することになると批判的な声明を出しているなど13、むしろ当事者団体が掲げる「LGBTI」は、LGBTムーブメントでのDSDsインターセックス)を持つ人々の身体の搾取的構造からの自らの自律性・独立(Nothing about us without us)を求めるものと見たほうが分かりやすい。

(図2)オーストラリア当事者団体のプレゼン

 現在、日本のLGBTQ等性的マイノリティの人々の中では、DSDsに対する理解が徐々に広がりつつあるが、海外では、LGBTQの人々も、DSDsインターセックス)に対する社会的偏見については他の人々と変わらず、性別二元制批判など、自分たちが掲げる政治的アジェンダのために、DSDsを持つ人々の身体を自己目的的に利用することが非常に目立つ。筆者は、時折一部のLGBT活動家やアカデミズムの人から「海外ではLGBTIをやっている!」「そういうインターセックス活動家がいる!」と言われることがあるが、それがどういう「LGBTI」なのか見極めることが重要だろう。インターセックス当事者団体が自らの主体を取り戻すために掲げている「LGBTI」を,まるで自分がその主体であるかのように,しかし実は自分の自己目的化(モノ化)して語る状況は、あまりに転倒していると言わざるを得ないと思われる。



1Callens N・前掲注(1141

2Callens N・前掲注(1140-42

3Carpenter M.,The human rights of intersex people: addressing harmful practices and rhetoric of change. Reprod Health Matters.(47):74-84, 2016. あるいはISNA, Is a person who is intersex a hermaphrodite? 2020930日取得)等。

4Rider G.N.et.al.,Health and Care Utilization of Transgender and Gender Nonconforming Youth: A Population-Based Study. Pediatrics Vol.141 No.3, 2018. 日高庸晴: 多様な性と生活についてのアンケート調査報告書. 三重県男女共同参画センター「フレンテみえ」平成2829年度, 2018.

5dsd-LIFE group, Participation of adults with disorders/differences of sex development in the clinical study dsd-LIFE, BMC Endocr Disord. 18;17(1):52, 2017

6van Lisdonk・前掲注(452

7Callens N・前掲注(1118

8DSDsを持つ人々は一般人口の大多数と同じく異性愛でシスジェンダーなのである。胎生期での高レベルのテストステロン暴露がある女性の一部のDSDsの場合は、活動性(いわゆる「男らしさ」)の増加や、女性に対して性的魅力を感じたりすることがある。その中で一部に性別同一性の揺らぎをもたらすことあるが、これについても非生物学的影響(親の態度、友達の影響、文化的文脈など)の相対的な寄与がどれほどあるか分かっておらず、ますはジェンダー・ロール(活動性・「男の子っぽい」行動)を、性別同一性の問題とすぐさま混同してはならないことが指摘されている。:Cohen-Kettenis PTPsychosocial and psychosexual aspects of disorders of sex development. Best Pract Res Clin Endocrinol Metab. Apr;24(2):325-34, 2010.あるいはMeyer-Bahlburg, H.F.L., Dolezal, C., Baker, S.W. et al. Prenatal Androgenization Affects Gender-Related Behavior But Not Gender Identity in 5–12-Year-Old Girls with Congenital Adrenal Hyperplasia. Arch Sex Behav 33, 97–104, 2004.

9WPATHStandards of Care for the Health of Transsexual, Transgender, and Gender Nonconforming People 7th Version. International Journal of Transgenderism. Volume13,2012-Issue 4

10たとえば、2009年から2013年までに英国NHTGIDサービスに訪れた出生女性で性別違和のある人で、超音波検査により先天性の障害が見つかった人は1人のみ、同じく2009年から2015年までの性別違和のある人446人で何らかの染色体の違いが判明した人は2人のみだったことが報告されている。Gary Butler,et.al.,Assessment and support of children and adolescents with gender dysphoria. Arch Dis Child. 2018 Jul;103(7):631-636

11ISNA, Our Mission, 2020930日取得)。ISNAの活動要領「Our Mission」を取りまとめたエミ・コヤマによれば、「ジェンダー(性別)の問題ではない」としたのは、インターセックスはあくまで体の構造とそれに対する医療措置の問題であること、さらに既に当時からこのような体の状態がジェンダー論などアカデミズムの領域での議論に巻き込まれ、道具化されがちであったことからとしている。:エミ・コヤマとのパーソナルコミュニケーション(20181011日)

12Carpenter M.・前掲注(34

13intersex russia “Statement on the use of the abbreviation "LGBTI"”(現在リンク切れ).筆者保存の画像と日本語翻訳文をリンクする。(2020930日取得)

 

次の章「第6章:社会的生物学固定観念

nexdsd.hatenablog.com